2017.09.20

週末の彩り

海峡を隔て向かい合うシェルブールとプールは姉妹都市となって40周年となる。その記念行事の一環としてドーセットからコートリーミュージックの一行4人が来てアルスノヴァと合同で演奏会をした。

一行は金曜に到着し、土曜日に町なかのトリニティー教会で、翌日曜日はトゥルラビィルのお城で、中世・ルネサンスの音楽を一緒に演奏をする。持ち込んだ中世音楽のための楽器は夥しい。バンの車内はサックバット、クルムホルン、ショーム、カータル、ルネサンスガンバ、リコーダーなど、大小の楽器で一杯になっている。

彼らに会うのは5年ぶり。金曜日から月曜まで宿を提供する。金曜はEのところで到着の歓迎後、こちらで荷ほどき。一休みのあとコンソート。ヴィオローネを持たされたが第3弦がCではなくBになっている。わずか半音の違いであるが慣れるまでに手こずる。気が付いたら夜11時。

土曜日は朝から合同練習をした後、5時から市役所の隣の教会で本番。こちらはリコーダーに徹する。出番の多いルネサンスのアルトが教会でよく響く。終わって皆に来てもらい打ち上げ。総勢13人。食事後また歌と演奏で深更に及ぶ。

日曜日はトゥルラヴィルにある城での演奏会。このラヴァレの城では17世紀初頭に処刑された若いジュリアンとマルガリータの話が伝えられていて、演奏会でもそれにちなんだ曲を採り上げている。歌と楽器での演奏は、彼らの供養もあり、流れよわが涙、千々の悲しみで終える。その後近くのAとGのところで慰労会。

月曜日はのんびりとルネサンスガンバでのコンソート。魂柱が無いため音に輝きや響きはないが、静かなしっとりとした音を奏でることができる。MとAは共にチェロを学んだ音楽家で、彼らと一緒にギボンズを楽しんだ。数学的な抽象の先にある歌を感じとれる機会はそう多くない。息抜きにクルムホルンでスザートなど。

昼からはウォーキングから戻ったGたちが加わり、ヴェルデロットの7声のマドリガルやジェンキンスのベルパバーヌなど。フェリーの時間直前まで音楽三昧。

次回は海峡を渡ってといって彼らは去り、長くも精彩のある週末が終わった。

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2017.09.12

頬のぬくもり

プルートとジジを連れての朝の散歩。小字の入り口にバス停があり、6人の子供たちが集まっていた。ああ通学バスの時間か。おはよう。プルートも短い尻尾を振って向こうに御挨拶。

一番小さな女の子が親しそうにこちらにきて頬っぺたに御挨拶。別の女の子も挨拶してくれる。こちらは知らないが向こうは当方のことを知っているらしい。まあ子供たちが安心できる年齢になったということか。

後で思い出した。一番下の子はコリーヌの家の隣の子であろう。帆のついた笹船を作ってやったことがあった。少し冷えた朝の空気の中で彼女たちの頬が暖かかった。

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2017.09.03

よろしくの裏

9月となり空気が秋めいてきた。こちらの散歩の足音に警戒するのか川幅50センチに満たない流れで何度かごぼりと魚が水音を立てる。川を遡上する時期になってきているのかもしれない。

人は知人や友人に、或いは職場や親戚付き合いで、「よろしくお伝えください」と言伝をする。若いときには何故そのようなことを言うのかと思った。よろしくとは一体何なのか、そんな言葉などすぐに消えてしまう空疎なものではないかと感じていた。他の人に聞いても似たような感じであったようである。

しかし空疎であったのは当方の頭の中であった。若いときには語彙だけは増えるが実体験が足りない。言葉を単なる抽象的な表章と考えてその演算に終わっていたのである。それが次第に言葉には確とした実体の裏打ちがあることに気付くようになった(空中戦からの離脱)。経験とそれを補う想像力が豊かになるほどに言葉は重く密となっていく。

何故その人が「よろしく」と言ってきたのか。それは相手に対する敬意であり、ときには和解の象徴であり、さらには恩讐を超越したメッセージであるかもしれない。誰かに言葉を贈るとは、単に言葉を発しているだけではなくその人が行為しているともいえる。その一言は万感の思いを込めて発せられたものかもしれない。

発話が行為であるということは「よろしく」という表現だけに当てはまるのではない。それ以外の他者への語りかけの言葉でも同じこと。それを受ける側の心持ちによりそのメッセージはかけがえのない贈り物ともなる。

さらに言葉に確とした実体の裏打ちがあるということは、誰かを対象とした言葉だけではなく、記述の言葉などを含め、すべての言葉に当てはまる。そのようなことに気付けば、発する言葉に慎重になり、発せられた言葉は相手の心によく届くものになる。ただ人は遅かれ早かれいずれ言葉の重みに気付くようになる。明確に意識されていることもあるし無意識的なものであることもあるが、いつまでも中身のない言葉を連ねているわけにはいかなくなる。

発する人もそれを受け止める人も言葉を疎かにはできない。「よろしく」という言葉が、或いはその他のどのような言葉でも良いのであるが、それが何故発せられたのか。それを考えて見てはどうかしら。

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2017.08.29

怪しい療法士

月曜の朝マルティーヌが旦那と来る。左肩が痛くてよく寝られなかったという。それはお気の毒さま。ちょっと両手をこうしてずっと挙げてみて。やってもらうと確かに左腕は余り伸びず痛そうにしている。

前の日にしゃがんだ姿勢でじゃが芋掘りをしたことが原因かしら。そうかもね。それに半年ほど前に脚立で転んでお尻を打ったでしょう。それも影響しているかもしれないですね。彼女はかなりの体重がある。

上腕から少しずつさすり、肩のところを押さえると強張っている。特に左の肩甲骨の下は痛そうにする。彼女は着ている縞のTシャツを脱ぐ。濡れタオルで肩から背中をぬぐい、乾燥したタオルを当て、ベビーパウダーのタルクをつけて30分ほどマッサージ。

終わって、対症療法もさることながら自分で肩を回したりした方がいいかもしれない、そう伝える。ちょっと一緒にやってみよう。夜床に就く前にも同じことをしてみてね。お大事に。明日朝またマッサージをしましょう。

そして今日二人がまた来る。

どうでした。有難う、よく寝られたわ。それは良かった、多少はお役に立てて何より。腰骨から背中、肩、上腕に昨日と同じことを繰り返す。

調べてみると左の肩甲骨の下の痛みは内臓に関係していることもあるという。そこで帰りがけに、こうして肩を上げてぐっと落とすという動作をすることも役立つかもしれないと実演する。内臓の位置が整えられるという。早く良くなってね。ボンジョルネ。

何やら怪しい療法士になってきた。

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2017.08.21

静かな秩序

かつて通学バスを待っていた北口のロータリー。そこを見下ろす部屋から、並んでいる客待ちのタクシーを眺めていた。おや真っ直ぐに並んでいない。一台頭を出しているのが気に入らない。変な潔癖症が頭をもたげた。

タクシーは2か所に分かれて駅から出てきた客を待っている。まず改札を出てすぐの所に乗り場があり、そこに縦列で常時2台が待機している。客が乗って1台出ていくと後ろの車が前に出る。すると別にロータリーの中央にあるタクシー溜まりから1台が動いてきて、乗り場の後ろ(2台目)に着く。

そのタクシー溜まりではタクシー4台が横並びに順番を待っていて、駅で客を降ろしたり空で戻ってきたタクシーはさらにその後ろに並ぶようになっている。最初におやと思ったのは、このタクシー溜まりの4台の横並びが揃っていなかったことであった。

しかししばらく見ていてわかった。1台が40センチほど頭を出していたのには理由がある。乗り場のタクシーが客を乗せて出ていくと、その頭を出している車がすうと乗り場の後ろに着く。空いた所には後ろのタクシーが入る。タクシー溜まりの次の順位の車が少しだけ動いてまた頭を出す。

そうか、これは誰が先であるかをお互いに確認するための取り決めであったのか。なるほどね。

偶然泊まることとなったビジネスホテルの窓から眺めたのであるが、どのタクシーも整然とした秩序のもとに動いている。世界には先を争うような運転をする乱暴なドライバーや、折あらば客から法外な料金を取ろうというタクシーもいるが、ここはそれとは無縁である。あたかも玩具の町の自動車の運行を見ているようであった。

温暖な気候、穏やかでやや保守的な人々の気質。その温和な気風がこの小都市のタクシーの動きにも反映しているのかもしれない。外を見て改めて内を見る。そしてここに静かな文明があるのを発見したような気がした(それはかつての感動にもつながる。自からなる敬意)。

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ダニ取り

夕方アニークが上の息子のノエを連れてくる。髭が濃くなっているが、まだ夢を見ているところがある。おやどうしたの。腹をダニに咬まれたらしい、そういってシャツをまくる。確かに小さな黒いものがおへその右上に付いている。

草原を歩いているとマダニに取りつかれる場合がある。前にこちらも気付かないうちに咬まれたことがある。足がかゆいと思って見たら、ふくらはぎに食いついていた。血を吸って胴体が5ミリほどに膨らんでいる。

犬にはしばしばダニが付く。プルートもときどき食われ、血を吸って丸々となったダニが床に落ちていることがある。撫でてやりながらダニに気が付いたときには専用のダニ取り用具で取ってやる。皮膚と食いついている頭との間にこれを差し込んで捻ると簡単に取れる。

ただノエのお腹に咬みついているのは、まだ血も吸っておらず1ミリに満たない小さいもの。ダニ取り具が使えない。小型のピンセットを持ってきてつまんで軽く回すとうまく取れた。念のため焼酎ならぬカルバドスを綿棒に付けてアルコール消毒。

感染症もあるので必要なら医者に行くことも考えてね、そう言って送り出す。日々色々。

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2017.08.19

やるしかない

ドーヴィルに行く。19世紀からリゾート地として整備され、カジノや競馬場があり海岸沿いにはヴィラや高級ホテルが並び、金持ちや文化人が訪れるところ。かつてここで遊興している藤田嗣治を撮影したフィルムを見たことがある。中心地には高級車が所狭しと駐車していてミニパリのようである。

そこでMとBに再会。Bの養女となるクリスティーンもニュージャージーから来ていて合流。土地の名物を出すレストランで昼食を共にする。互いの近況報告をしつつ、ドイツで、日本で、英国で、フランスでと重なることが多くなった記憶も甦る。

Mはまだ世界のあちこちを飛び歩き交渉術を各国の組織・企業の幹部に教えている。Bは世界の経済団体のまとめ組織の職を来年退くという。前任の日本人から事務局長を引き継ぎ4年。アイスランドに赴き直談判をして同国を再び復帰させたことが嬉しかったと話す。いつもはそれほどではない彼がこうした行動に出たことに賛辞を贈る。

しかしBが「普段の暮らしで、俺はなぜこんなことをしているのかと思うことがある」という。知りあって長くなり、何を語っているかよくわかる。几帳面な所は独の東方のユンカーの出自の故か。「損な役割と思っても眼前にあることを片付けていくしかないのでは」というのがこちらから出た言葉。「そうかもしれんな」とBが頷いた。生きている間はやるしかない、というのが最近の思いである。

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2017.08.16

種のつながり

これから蒔く野菜の種を日本で買ってきた。次郎丸ホウレンソウ、ソロモンホウレンソウ、縮みホウレンソウ、春菊、赤高菜、タアサイ、チンゲンサイ、ルッコラ。日本のものは人々と交換するときに珍重される。

そう思って袋の裏を見て驚いた。生産地はホウレンソウがデンマーク、アメリカ、中国、その他のものはすべてイタリアになっている。国産の種子はなかった。

そうかそういう時代なのか。食卓に上るいかにも日本の野菜のような顔をしているものも、世界各地から入っている時代なのか。

ただよく考えれば、作物の改良のし方にはお国柄があるかもしれないが、本来は世界のどこかに自生していたもの。じゃが芋、薩摩芋、トマトなど人々は長い間に異国の野菜を取り込んで食べている。そこまで考えれば驚くことはなかった。珍しい種は交換価値があり、当方もこちらでは珍種であるが、種も人間も実は世界でつながっている。今も昔も。

とはいえ買ってきたものがこちらの人の余り目にすることのない野菜であることは確か。皆に供するときに「日本で買ってきた種で育てたもの」と言えば話の種にはなる。

今その種が窓辺で芽を出して5センチほどになり、揃って明るい光の方になびいている。

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2017.08.15

長い一日

早めに起きて、朝一番に納品する翻訳レビューの仕事。そうこうしているうちに8時にジュリアンが来る。今日から1週間ほど家の裏の壁を仕上げてくれる。これで家の工事はほぼ終了となる。足かけ13年。

仕事は23千語の翻訳を請けているので、毎日着実に進めていかねばならない。これ以上は引き受けられないが、それでもいくつか打診のメールが入ってくる。大概は断るが、今の案件の状況を伝え10日すれば手が空くと伝えておく。うまく断り次につなぐのも営業のうち。

昼前に夏休みで別荘に来ているアニークが戸口を叩く。オーブンの調子がおかしく中に手を入れたら感電したという。230ボルトではショックが大きい。コンセントを抜かなかったのが原因。電気ショックと心の動揺。水を飲ませてしばらく腕をさする。ようやく落ち着いたところで帰っていく。じゃ今夜ね。

席に戻るとまた打診のメール、明日までに1,300語の短い文書を訳して欲しいという。しばらく断っていたところなので顔つなぎもある。今夜は長い夜になるとわかっているが押し込むことにする。明日の朝も早起きせざるを得ない。

ニコラが来て、こちらが持っていったじゃが芋の礼を言いに来る。

午後は土手の草刈り。鎌を研ぐときの道具を鎌砥石からやすりに替えたところなかなか具合がいい。気持ちよく切れる。雑草を根の深いところから切る除草具も十分に研いでおく。鎌とこれとでしばらく草取り。大切なのは道具ではなくその道具を手入れする道具。

そのうちにデイビッドが車でやって来た。昨日彼らの所にお邪魔している。「昨晩は有難う。ナタリーも急に連れてきて迷惑でなかったかしら。」「いや楽しかった。実はさっき友人のパティシエから沢山貰った。これはお裾分け。」そう言ってケーキを呉れた。これで3時のお茶。

夕方仕事の打診の電話がある。「申し訳ないけれど、あなたの同僚からも仕事をいただいていてすでに手一杯です。月末になれば手が空くからそのときにお願いします。」そう答える。

シャワーを浴びて夜の村の会食に向かう。300人ほど集まる。エルベたち、それにカミーユ一家と一緒に中ほどのテーブルに席を取ってもらってある。長丁場で深夜を過ぎることを覚悟すれば、結構面白い。翌日は村の祭り。これが終わると夏もお仕舞になる。

最初の村の会食ではまったくのお客さんで、誰も知らなかった。そのうちににこにこしている相手を選び肩を揉んでコミュニケーションをとることを覚えた。そのほか色々なことで知り合いが増えてくる。それは多色刷りの版画のようなもの。少しずつ何度も色を重ねていくことで絵が次第に見えてくる。

今年は北フランスをテーマにし、民族衣装に身を包んだ人々が歌と踊りを披露する。その地独特の匂いの強いチーズを使った料理が出てくる。料理はゆったりと運ばれるが、皆はそれが当然とばかりに、話に興じ或いは知人の所に行って挨拶をしている。

12時を回ったが食後のデザートやコーヒーはまだ出ていない。皆はまだにぎやかにやっているが眠くなってきた。会食を組織しているイブやフィリップに挨拶をして失礼する。

長い一日が漸くに終わる。

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2017.08.10

繰り返す

繁茂した草を刈るときに一度でやろうとすると大変。まず上部をある程度刈って丈を低くすれば、根元まで手が届くようになる。

芝生のローラーは2回、3回と往復してのしていく。アイロン掛けも一度ではきれいにできない。何度か掛けているうちにきれいに折り目が付く。

仕事も同じ。1回でうまくいくことは少ない。2回に分け或いは3回4回とやって初めてきちんとした仕事になる。先方からこうして欲しいと反応があればこれ幸い。無料で教えてもらったと考える。

お役所で書類の不備を指摘されても腐ることはない。事前に調べたりコンサルタントを使えば時間や費用が掛かることを、まさにその専門家が瞬時にやってくれ、最適の助言をしてくれたと考えればいい。

繰り返すことは勉強になるし、それによって資源をさまざまに節約しているのかもしれない。

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2017.08.02

比較と否定

事物を説明するときに比較して理解の助けとすることがある。比較で使うのは馴染みのものであることが多い。野鳥の大きさを理解してもらう目安としてスズメやハトと比較して、この鳥はスズメよりは大きいがハトよりは小さいと説明する。よく知っているものを基準なり手掛かりとして、理解を少しずつ深めていくのである。

同じように事物の説明に否定を使い理解の助けとすることもある。外堀を埋めることで内側を想像するという手法である。この植物の葉は光沢がない、葉の先は尖っていない等というようにして、次第にそのものの形や性質が明らかになってくる。

上の例では比較なり否定には価値判断はない。比較や否定をしても別に優劣をつけている訳ではない。

ところが人は比較や否定につい価値判断を持ち込む傾向がある。それは特に自分に関わる比較や否定で顕著となる。俺はあいつより○○だ、私には○○がないというときには、そのような判断が入っていることが多い。

判断の基準となる価値観は生まれ育ち家や学校や職場で過ごすうちに自ずと植え付けられているのかもしれないが、背の高い低いなど先天的な形質をつい優越感や劣等感と結びつけて考えてしまう。或いは成績や業績、収入の多寡を、その人の優劣とする傾向がある。その結果として得意になる人や肩身の狭い思いをする人が出てくる。

その意味では他との比較や否定形での叙述は避けておいた方が無難であるかもしれない。

しかし本当に事物には優劣があるのか。それは人が便宜で付けたレッテルではないのか。害獣や害虫とは人のご都合でそう分類したに過ぎない。人も生き物もそれぞれが唯一無二の存在。それは単なる客観的な事実である。

あるところで幼い頃からの優劣の感覚を捨て去ってはどうかしら。優越感がなくなり謙虚になると同時に、劣等感もなくなり心が晴れやかになる。

良寛禅師は「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候。死ぬる時節には死ぬがよく候。是はこれ災難をのがるゝ妙法にて候」と言われた。そこまで徹することはできないとしても、背が高いのも低いのも、在りのままで受容したらどうか。

本来の比較や否定には良いも悪いもなく、価値中立的なものである。そこに優劣を見出すのは各人が情緒的価値を付加しているからである。

比較や否定を価値中立的なものとして、もう一歩先に進めれば、成績は良くないが運動ができる、金はないが自由な時間がある、そんな風に新たな視点で考えることも可能になる。


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2017.07.31

過去は語らず

そこには功なり名を遂げた人もかなり入居しているという。しかし入っている人々は自らの過去を一切語らない。にこやかに眼前のことについて他の人々と語るのみ。叔父から聞いた中で印象に残った話である。

人々は何故自らの過去を語らないのか。誰にも青史に自分の名をとどめたいと思う時期がある。身を立て名を挙げやよ励めという時代がある。さてそのあとはどうなるのか。それを考えるときに、この話は一つの材料となる。

各人に聞けばそれぞれの答があるかもしれない。「いや、そんな心の動きは簡単に説明できるようなものではない」とお答えになるかもしれない。それを敢えて一歩踏み込んで探ると、どのような意識が潜んでいるのか。

それは慎みであるかもしれない。他人や世間から注目を浴びようという気持ちは既に超えている。与えられた機会になすべきことをした、それで十分ということであろうか。

しかし自らの過去を語らない理由には、そのような個人に帰することができるものだけではなく、もっと集団というか生命体の摂理のようなものがあるような気もする。

個人と共同体の関係を考えているときに、人間は全体としてはアメーバのようなものではないかと考えたことがある。アメーバからは仮足が飛び出している。個人は人間集団というアメーバから伸びている仮足に例えられないか。

その仮足は一時非常に突出する。個性の発揮といってもいい。しかし突出している仮足はいずれ引き込められアメーバ本体に戻っていく。個を個として切り離すのではなく種の一部として考えるこの比喩は、人間だけではなく生きているものすべてに当てはまるような気がする。

個人の一生とはアメーバから仮足が伸び始めやがて突出し、その伸びていた仮足が縮んで再びアメーバ本体に戻るようなものかもしれない。個は一度その個性を発揮するが、いずれ個であることをやめ自らの生い育った共同体に返っていく存在のように思える。

共同体に返った人はもう自己を語る必要はない。サティシュ・クマールがその母から教えられたプラムの木の話とも通うものがあるかもしれない(ある思想家)。

朝公園で清掃の奉仕をしている年配の人々を思い出した。

通勤のため駅に急ぐ現役世代の邪魔にならないように黙々と仕事をしている。しかしその人たちにも激動の時代を生きた記憶があり、それぞれに高く飛翔するときがあったはずである。その人々が今、己を無にして静かに公園を掃き清めている。

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民主化

始めはパーセルの7声のインノミネ。久しぶりの顔合わせで、さあやろうといってすぐ通ってしまった。誰も落ちない。楽器と声部を皆で入れ替えてしばらく楽しむ。

Sさんがそのあとの歓迎会の準備のため抜けた後は、いつものように6声でジェンキンスのパバーヌやファンタジア、ローズなど。そうだピアソンも一回やろう。

最後は「思い出」と当方が名付けているルポのファンタジア第2番。曲の最後の方で上の4声が過去を振り返るような歌を始め、その同じ歌というか音型を下3声が受け、それを色々な声部で歌いながら静かに曲を終える。うまく演奏できればなかなか感動的。

途中で気が付いた。各自がチューナーを使って調弦している(チューナー内の調律法をヤングなどどれかに統一すればもっといいかも)。民主的になったもの。独裁者のいなくなったコンソートグループはプラハの春を謳歌していた。

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2017.07.09

広がる響き

アルスノヴァの演奏会。場所はバルフレールにほど近いレヴィルの教会。車を運転していると平野が広がりその先の東に海があり、イーストアングリアを思い出させる。海が遠くに見えるその教会での今シーズンの一連の演奏会の一つとしてアルスノヴァも招かれたもので、聴衆から入場料まで取って聞いていただく。

プログラムはプレトリウス、シャスティリオンを中心とし、それにジャヌカンやセルミジを加えている。シャスティリオンはノルマンディーの作曲家でプレトリウスと同時代人である。演奏は器楽と合唱にナレーションを加えたいつもの形。シャスティリオンの歌謡の歌詞を使い、いくつもの曲を物語風につないでいく。

新たにテナーとアルトの歌い手が加わり総勢10人となり、皆ルネサンス風の衣装に着替える。こちらはアニークの拵えてくれたサムライ衣装なるものを着用する(燈台下暗し)。

ここでの担当はリコーダー。曲によりソプラノからバスまで4つの笛を持ち替えるのであるが、同じ曲でも繰り返すときには楽器を持ち替えるとか、途中で演奏する声部をセカンドからトップに移すとか色々ややこしい。一つに固定すれば楽なのであるが、音色の変化を求め色々注文がくる。楽譜に指示を書き込み、声部の移動、転調など印をつけておくもののうっかりが怖い。

(ことは音楽に限らず一事が万事である。インテリア、服飾、建築なども含め、ここの人々は変化を好み、物事を単純にするのではなく複雑に装飾や変奏を加えていく。それが人々の傾向というか特性ではないのか、余計なものを削ぎ落とし純化するという方向性とは対蹠的である、そう思うようになった。それぞれにお国ぶりがある。)

シャスティリオンは自然に湧き出る歌をそのまま書きとめているかのようで、小節内の拍数が4拍のときもあれば5拍になったり3拍になるなど一定していない。和声にも特徴的なものがあり、いくつか聞いていると彼の音楽の雰囲気が見えてくる。5人の楽師がフィドル、テナーとバスのガンバ、リコーダーでそれに合わせる。

プレトリウスの曲はテレプシコーレの曲集から、なじみのブランル、ガボットやバレなどの器楽曲を選んである。それを歌と歌をつなぐ間奏曲として使っている。

バレではジェラールが先ずはフィドルで旋律を始め、転調するところでダニエレが喇叭でそれを受け継ぎ、もう一度転調するところで当方が第2声から第1声に移りアルトで音を細かくしていく。最初は真っ直ぐなルネサンスリコーダーの響きが教会の奥まで広がる。それが次第に糸がほどけていくようにして展開して行く。受け渡される細かな刻みのときにわずかにためを作ることで旋律が柔軟になる。

アンコールには歌い手が前に出て舞曲を踊る。終わって教会横の元の牧師館で主催者や聴衆、演奏者が一緒に林檎酒とビスケットで歓談。茶菓の提供と同じ。やれ、ひとまずお役目終了。

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大切なもの

昨年はるばる来てくださりまたお会いできると楽しみにしていた方の訃報に接する。まだ色々に活躍できる年齢でその先が絶たれた。あっという間に消え失せた。その表情、声、しぐさ、好きなこと、ご家族のこと、やり取りをし、共有した経験。もうこれ以上に積み重ねることはできず記憶にとどまるだけとなる。

何が大切かは言うまでもない。その他の多くのことは些事である。人はこのような報に接し改めて自らを省みて生命を考える。

あるミサ曲を聞いていてその曲の意味が突然に変わり平静に聞くことができなくなってしまった。御霊安かれ。

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2017.07.05

元気

学校は夏休み前の最後の週となっている。そんな時期にマリーエレーヌに頼まれ彼女の娘さんの通っているブリックボスクの小学校で授業をすることになった。ブリックベックでの音楽授業に続いて今年2回目の学校訪問。

今日行くのは児童数75人の小さな村の学校。そこの6歳と7歳、8歳と9歳という2つのクラスで日本の文化と言葉を紹介するというもの。持ち時間は各45分。

前日に彼女と打ち合わせて、日本の位置、簡単な挨拶、数と文字の紹介をすることにした。子供たちの興味を惹きつけるには工夫がいる。対話をしながら、子供たちに声を出させ、ついでに手も動かしてもらうようにする。

一人一人の名前を書いたカードを用意した。上部にファーストネームをアルファベットで書き、その横に片仮名も小さく書き入れておく。子供たちはそれを見ながらカードに片仮名を大きく書き写すというわけである。

子供の名前を読み上げながらカードを各自に配る。ああこの子がマテウスね、この子がフローラか。50音図を説明するとマリーエレーヌがそのコピーを配ってくれる。

前に立ちマリーエレーヌと組んで説明をしたり、子供たちが文字を書くのを手伝ったりしていると、それぞれの違いがよくわかる。利発な子供はすぐ指を立て、答えたくてしかたないというように身をよじっているが、できるだけ多くの子供に当てて話をさせる。

短い文章の朗読や日本の歌の紹介もあり、持ち時間はあっという間に過ぎる。いくつか質問に答えてから、最後に「さようなら」というお別れの挨拶を教えて、はいお仕舞い。

次のクラスと交替してこれをもう1回繰り返す。子供たちと触れ合うのはなかなか楽しく、何よりも元気をもらう。

授業が終わってその小さな校舎を出ると、さらりとした空気を通して日の光があふれていた。学校の退けどきで子供たちも出てきて親に迎えられている。手を引かれながら子供たちがこちらに手を振る。そこで「はい、さようなら」と声をかければ、向こうからも覚えたばかりの「さようなら」が返ってくる。

10年前のケテフーの子供たちを思い出した(幼なじみ)。

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2017.07.03

物差の後先

過去と未来の比重は個人の中で年齢とともに変わってくる。子供には有り余るほどの未来があるが過去の蓄積は殆どない。それに対して老いた人には長い過去があるものの未来はわずかしか残されていない。0から100までの目盛のついた物差で、現在の位置を示す赤い玉が動いていくようなもの。

その赤い玉がどこにあるのかで人の発想は変わってくるし、その人への周囲の対応も変わってくる。子供には将来何になりたいかを聞き、年配者には曾ての話を語ってもらうことになる。その逆にはならない。

(年配者の話を老いの繰り言というなかれ。それは当然のこと。それに生きていることを感ずるには歩んできた道をふり返ることが大切になる。過去無くして現在の自分は存在しない。)

ただこれは生を一人に限ったときのことである。それを大きな生命体として捉えたらどうなるか。個をそれだけで完結している存在と見るのではなく、群体としての生物の一部とするのである。

(1)すると過去とは自分の過去ばかりではなく、その人の生まれる前から続いている長い時間を合算した総体ということになる。子供の物差にも実は長い過去が付いている。

子供に自分の両親や祖父母のことから始めて先祖のことに思いを致すことを教えていれば、やがて先祖の祭りとなり歴史の意識が育まれる。そのようなしきたりが連続する生命の意識を生む。

(2)未来についても同じ。老いにつれその個体にとっての未来は限られてくれるが、その子や孫のことを考えれば、新たな未来の視点が生まれる。血がつながらずとも、自らの属する共同体の未来を考えると発想が変わってくる。

生きるには前を向かねばならないが、個を超える大きな生命体に夢や思いを託すことも前を見ることである。

こう考えてくると、個人にとっての過去や未来とは、物差の赤い玉の前後の比率として見るような短いものではなくなる。もっと長い時間の中で捉える必要がある。個別の生は、遥かな過去から紡ぎ出された長い糸の一部であり、その糸はその後にも長く伸びていく。しかも糸は無数に流れ、過去にも現在にも様々に絡み合っている。

個の物差を超えると頭の中の世界が俄かに広がってくる。

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インノミネ

ニューナムから泊りがけで来てくれた二人を含めいいガンバ奏者が揃い、ジェンキンス、バード、ローズ、ロック、パーセルなどに浸った3日間。さまざまな思い出のあるギボンズの5声のインノミネの第1番。久しぶりに第1声を弾く。何という世界。ヒンギストンとクランフォードが収穫。

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2017.06.28

サンライズ・ミサ

週末に近くのトラップ修道院で行われた友人の合唱団の演奏会に出かけた。団体は結成して30年。前半がジャヌカンとブクステフーデ。後半はオラ・イェイロのサンライズ・ミサ。チャペルには結構な人数が入っている。コーラスに友人が2人、チェロのローランが弦に入り、観客にも友人知人が結構いる。身近な音楽会のいいところ。

後半に演奏されたサンライズ・ミサが素晴らしかった。作曲したオラ・イェイロは、1978年ノルウェー生まれで現在39歳。アメリカ・マンハッタンに在住し作曲家でピアニストという。初めてその名前を聞き、サンライズ・ミサに接するのも初めて。彼がこれを作ったのはわずか30歳のとき。

曲は4つの楽章からなり、The Spheres (Kyrie)、Sunrise (Gloria)、The City (Credo)、Identity & The Ground (Sanctus / Benedictus & Agnus Dei)という英語の副題がついていて、それは人の一生の象徴であり、心の旅でもある。ミサ曲であり歌はラテン語である。

曲は純粋であるとともに深い響きがある。アルヴォ・ペルトのようでもあるし、カール・ジェンキンスのアディエマスを感じさせるところもある。それと同時にこのような旋律や和声は日本のどこか抒情性を含むものとは何かが違い、やはり西洋のものかもしれないとも感じた(まあそれを言えば、アジアの音楽、アラブ、ラテン、アフリカのもの、それぞれに独自なのであるが)。

いずれにしてもこの曲はこちらの心をしっかり捉えた。それからというもの今週はずっとこの人の曲を聴いている。色々ある中でやはりこのサンライズ・ミサがまず第一と思う。演奏としてはラトヴィアの団体のものが最も気に入った(こちら)。いくらでも聞き続けられる不思議な力のある曲。

終わって修道院の本館でレセプション。修道士のジャン・ルック師はここに46年いて、散歩のとき当方の家の前を通ることもあるという。平服なので気が付かなかった。今度はどうぞお立ち寄りください。そう申し上げる。


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2017.06.23

自然の掟

朝の散歩。プルートがぐっと前に出る。その向こうにカラスより二回りほど小さい黒い鳥がいる。クロウタドリか。羽ばたいて逃げるかと思ったが、よたよたして捕まってしまった。仕方ない。こういうこともある。

すると樹上から鋭い鳴き声が聞こえてきた。そうか上に親鳥がいるのか。慌ててプルートを鳥から引き離す。幼鳥は繁みに消えた。

今は巣立ちの時期、樹上の巣から落ちたのであろう。かわいそうだが巣から落ちた雛鳥が生き伸びるのは難しい。他の動物に捕まることもある。犬が飛びかかるのも本能。それが自然の掟。前にもそのようなことがあった(生命)。

ふと思う。人間も動物の一種。そこにこの自然の掟はどこまで適用されるのかと。

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