かつて父方の親族で上京した者が折々に集まっていた。会食をしたりピクニックに行くこともあった。そして故郷の話やうからやからの話をするのである。宴が果て最後にはお国自慢の県歌を歌う。学校のコンパに近いところもあるが、郷土に愛着を持つ親族が相親しみ結束する場であった。
しかし同郷人の結束は、時として異なる要素を排除する傾向を持つことにもなる。一人他郷で育ったが故に、そして何より動物的な匂いが違ったからであろうが、自分はその集まりではやや異分子であった。県歌をよく知らず肩身の狭い思いをしたことがある。まあそのうちに歌詞の一番位は歌えるようになったが。
昔学んだ大学の法学部の教授の多くは、そこを卒業するとそのまま助手となりそこの助教授から教授となっていた。今も余り状況は変わっていないようであるが、まあ純粋培養である。就職した組織でも状況は似たようなもので、役員の履歴を見るとその多くが同じ大学の同じ学部の出身者であった。
このような中で生まれ育つと、純粋なものが良いという観念が無意識のうちに形成される。しかし世界はそうできているのであろうか。本当にそれで良いのかしら。
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年末にケベックのベルナールからクリスマスカードが来て、しばらく近況についてやり取りをした。話をしていたら、彼の昨年の大きな行事は、再婚した奥さんの子供・孫たちとベルナール自身の子供・孫たちとが、夏に一同に会したことであるという。肩を組み満足そうな表情をした人々の写真が送られてきた。それを見ながら、自らの生まれ育った環境と引き比べて、「ああ、これは随分違う」そう感じた。
(この話は、「日本人が純血主義であり、欧米人が異質なものに寛容である」という一般論を述べるものではない。多少その傾向があるとしても、それですべてを説明できるものではない。国や文化の違いと言うだけでは、説明にならないであろう。国や文化が違うという説明は、言葉を変えた循環論法に過ぎないから。たまたま自分の生まれ育った環境と、ベルナールの家族を巡る環境が違うということにすぎない。どこにでも同じ血族で一致団結し内外を峻別する人々もいるし、境界という枠組みを超えて相対的にものを見ることができる人もいるのである。)
では「ああ、これは随分違う」と感じたその感覚をもう少し仔細に点検してみるとどのようなことになるのか。彼らは自分とどこが違うのか、そのような違いは何故生ずるのか。それを考えていくと、人間の持つ傾向の一端が見えるかもしれない。
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まずは、どこが違うのか。
違うという直感的な印象を言葉にするとすれば、「ベルナールのところでは、身内とする境界をかなり広げて考えている」ということになるであろうか。それが自分の生まれ育ちと違うところである。彼らは直接に血が繋がっていなくとも、実は大きなところで何かしらの連帯を感じているのかもしれない。人間は誰しも身内とそれ以外とを区別するが、拡大家族会を開いたベルナールたちは、その身内の概念を広くとっているような気がする。
ベルナールたちに境界がないわけではなかろう。どのような社会にもある。かつて柳田國男などの民俗学の影響で、ウチとソトの区分は日本固有のものと思っていたが、そのようなことはない。古今東西を問わずどのような社会でも、その構成員を他から区別しているのである。けれども、その区別の境界線が彼のところではかなり外側に広がっているように感じられる。
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では、境界を広げるというのは、どのようなことなのか。
境界というものは、いくつもの同心円の重なりのようになっているのかもしれない。境界を広げるとは、その同心円の内側から外側に向かい、遠心的に外延を広げることである。それにより多様な要素を包摂することになる。ただこのときには、単に境界の縄張りを少し伸ばすというのではなく、質的に異なる操作が行われているような気がする。つまり境界を設けるための基準の次元を変え、異なる要素を包摂する概念を考え出しているのではないか。より高い価値を基準とすることで、初めて境界が広がるのである。
身内についてこの考えを適用すれば、血族ではなく同居しているかを基準にする、或いは同居の有無にかかわらず同じ価値を分かち合えるかを基準にする、というような思考を導入するということになる。さらに愛犬だって身内だよ、というようにより多くを包みこむ概念を作ることもできる。「たとえ○○であっても、観点を変えて○○とすれば、いいではないか」という論法も、境界を広げる操作である。ベルナールたちは、無意識のうちにもこのような考え方をしているのではないか。
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逆に境界を縮めていくとどのようになるのか。
境界の縮小とは、均質化ということができるかもしれない。同じ国の人で揃える、同じ地域や職場や学校の出身者で組織を固める、同族会社にするというような行動であろうか。
しかし人間社会で真の均質化があるのか。背の高さ位は揃えられるかもしれないが、ものの考え方や行動様式はそれぞれに異なる。人間は様々な基準によって切り分けられるのである。Ein Volk, ein Reich, ein Führerという標語がナチスドイツにあったが、その北方人種を優越人種とする説は破綻していた。どのような集団にも色々な要素が入っている。兄弟姉妹の間でも気質や行動様式は違う。人間を含め生き物はすべて多様であって、工業製品ではないのである。
仮に均質な集団があったとすれば、そのような集団では思考が画一的になる。社会が安定していればそれでも機能するかもしれないが、世の中はそれほど安定したものではない。社会の変化に合わせて集団は常に考え方や動き方を変えて対応していかねばならないのである。そのような対応は、均質な集団より多様な構成員を持つ集団の方が、発想に広がりがあるため、うまいのである。
境界を広げることと、境界を狭くしていくことと、どちらを選択するのか。それは各自の判断である。
同じ仲間と連帯感を示すときに、その仲間の定義を吟味する必要がある。一方では「あいつも俺と同じムラの出身だ」というように限定することがある。しかしそれではまずかろう。それがどうしたのか、と問われたら何と答えるのか。そうではなく、上位の概念で統合して共通するものを見つけていけば、仲間の概念が広がる。皆が同じ人間として仲間なのである。
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では違いは何に起因するのか。違いとは2つ以上の比較により気付くことであるから、これを言い換えれば、一方で境界を広げる動きはどのような環境で生ずるのか、他方で境界を狭くしようとする動きはどのような環境で生まれるのか、その理由を対比的に説明するということである。これは、それぞれの集団の気質とそれを取り巻く環境の合成物であるので、簡単には説明できない。今の段階では、ベルナールたちの日常が接している人々や世界が多様であり、我が父祖の世界は同じムラ(とは村であり、出身校であり、職場であり、住んでいる共同体であるが)の中で完結しているから、としておこう。もっと考えねばならない。
ただ、この違いは決して固定しているものではない。純血主義と見えた大学ですら、明治初期にはお雇い外国人たちが招聘されて教えていたのである。純血主義は必ずしも牢固とした伝統ではない。閉ざされたように見える共同体でも、代替わりで意識は変わってくるし、隣近所に新しい人が来れば、それだけで意外に簡単に変わるのである。その意味では人間の柔軟さについて、自分は楽観的である。或いは身も蓋もない言い方をすれば、人間は個別でも集団としても必死になれば変わらざるを得ないのである。
ベルナールの家族の写真は、このような頭の体操をする良いきっかけであった。