2018.04.17

ジャズとアート

恒例のフラマンビルのシャトーでの美術展。最終日の夕刻にはジャズが演奏される。7時に到着して入り口で飲み物と軽食を求めて中に入ると、舞台の前の一等席に既に仲間が揃っていた。Cが皆に声を掛け今年は総勢16人になっている。

やあやあと挨拶をした後は、確保してくれている席に落ち着いてグラスを片手に音楽を聴く。今回はギター2人とベース奏者の3人。隣と少し話をするが、ここに集まるのは主として皆で連帯感を確認するようなもの(昨年の様子はこちら)。

合間に美術展を覗く。2階の一室に出品している女性が残っていた。白黒に近い墨絵というか水彩の作品と立体を展示していて、そこから会話が始まる。

「今の時代ではないようね。」
「記憶を描いているの。」
「記憶ねえ、それは個人の記憶かな、それとも集団としての記憶かな。記憶が集団のものとなれば、それは歴史といってもいいかもしれない。」

「記憶の出発点はダンテ。神曲にインスピレーションを得ているの。そしてこれはジョルダーノ・ブルーノよ。」
「あの火刑になった人物ね。宇宙の無限を主張したのだったかな。昔のことに関心があるのですか。」
「私はソフィー。フィロソフィーのソフィーよ。カーンで哲学と美術史を勉強したの。そして今は絵を描いている。」

「あなたの作品を見ていると、光を感ずる。それと流れの感覚。水や空気の動きが画面に出ているように思うよ。」
「有難う。私が表現したかったのはまさにそれなの。わかってもらえてとてもうれしい。」

席に戻ると人々がさんざめく中でジャズが奏でられている。フランシスの娘さんが踊ろうと誘う。ステップも知らないが何かで貢献するのもお勤め。少し身体を動かしたら息が上がった。

外に出れば刺激を貰える。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018.04.08

鏡に映ずるもの

販売代理店の契約書を見ている。ある国の会社が日本の製品を販売代理店となって売りたいというので契約書が作成された。それはどうやら代理店の方で作った文書のようである。

契約書の標準的な体裁をとっているが、内容を見るとあれもこれもと代理店にとって随分虫のいい条件を付けている。日本のメーカーからは、ちょっとそこまではどうですかねえ、と難色を示されそうな言い分である。

そのうちに疑問が湧いてきた。この契約書はどのようにして作成されたのか。どのような商慣行や発想に基いているのか。

今回は海外のメーカーとの取引になったので、さまざまな国外の契約書を参考にしてこの契約書を作成したのであろう。しかし挙げられている条件を読んでいると、その国の中のメーカーと販売店との間の遣り取りが髣髴としてきて、彼らの会話まで聞こえてくるような気がする。

見掛けは国際的な契約書であるが、文書は自分たちが普段している取引を下敷きにして作成されたのではないのか(それにその国内ではそもそもこのような文書を交わすことは無いかもしれない)。

かつて米国で仕事をしていた人が英文融資契約書の説明をしているときに、コベナンツ(不測の事態での取り決め)は実体の鏡であると言っていたのを思い出す。

契約書はそれを締結する当事者の実情を反映したもの。それを締結する者とそれを包含する社会の鏡となっている。そのことは、契約書だけではなく法律にもいえる。民情が反映されるのは一般の文書や小説さらにテレビや映画でも同じ。私たちの姿は様々な鏡に映じているのである。

ではそれを知ったときどうするか。そこが考えどころ。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018.04.05

無いものに気付く

5人のお客様を迎え夕食をしたときのこと。部屋に入って彼らが気付いていいねと言ったものがある。石積みをそのまま残した壁が気に入ったらしい。

しかし彼らが気付かずにそのままになったものがある。それがスピネット。それなりの大きさであるのにあたかもそこに無きが如し。

つまり人は目にしても気付かないものがあるということ。何に気付くかはそれぞれの関心による。ただ気付くか気付かないかの差はあるにしても、この場合は少なくとも物がそこにある。

ではその物が無いときにはどうか。昔の分限帳を眺めていたときに気付いたことがある。ないのである。鎌倉右大将家の時にはない、尊氏公時代にもない。秀吉公御時代になってやっと二人出てきた。

何がなかったか。北条、畠山、和田、佐々木、梶原など様々な姓があっても、沢のつく氏姓がなかったのである。たまたま、こちらが沢の付く苗字であったので、そういえば我が家の氏姓があるかなという関心から、それらの分限帳を眺めて気が付いたのであるが、それは怪我の功名。

何が言いたいのか。無いもの、欠落しているものに気付くのはかなり難しいということ。最初の客人の例では種は初めから明かされている。眼前にあるが「心此処ニ在ラザレバ視レドモ見エズ」というだけの話。

これに対して分限帳の例は、そもそも無いときに、その無いという事実に気が付くかという話である。これは思考の枠を外す訓練であるが、難度が高い。表に出ている以外にも何かあるということを知っていなければならないからである。知らなければ無いことに気が付かない。

しかし無いものに気付き、その欠落している所に何を持ってくるかを考えていくと、様々な仮説や推理が組み立てられる。

今の分限帳の例で、秀吉時代にやっと登場した沢の付く氏は寺沢と戸沢であった。何故沢の付く苗字はそれまで出てこないのか。このほかに出てこない姓には何があるのか。例えば貴族の系統の苗字が紛れていないか。奥州の変わった苗字も分限帳には出てこないがそれは何故なのか。それは当時の政治の動きとどのように関わるのか。

ここには異国の苗字は勿論出てこないが、16世紀に山科勝成と名乗ったイタリア人がいたという説もある。後の三浦按針は分限帳ではどのような扱いになっていたのか。想像は次々に広がる。

無いものに気付くことで隠された事実が明らかになる場合があり、或いはそこに無いものを意識的に持ち込んでみることで思考が豊かになることがあるかもしれない。そういえば、前にもこのような問題意識について書いたことがあった(坂東武者の誓い)。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018.04.03

苦戦

午前中、間もなく予定されている演奏会の仕込み。デュファイを中心にしたプログラムで、旋律の途中で2拍と3拍が何度も入れ替わる。小節線は意味をなさない。後の時代の楽曲に見られるヘミオラと同じ考えであるが、様式化されたヘミオラより融通無碍。

このルネサンスのリズム感、アニークやフランソワーズは易々と歌っているが、他のメンバーは苦労している。歌詞が古い言葉で発音が今とは違うため、それも克服しなければならないようである。

当方は笛とトレブルガンバの担当であるが、リズムに苦戦するのは同じ。出自が違うせいかその感覚がなかなか身の内に入らない。一人で練習するときは、音のつながりを2拍と3拍に分解して少しずつ分析的に理解しようとするのであるが、彼女たちはそんなことはしていない。リズムを直感的に把握している。歌の言葉に内在するリズム感が役に立っているのかもしれない。

五七五の語調が染みていれば苦戦するのも無理はないか。もう少し自分で練習する必要がある。

午後はダブルヘッダーでトリオソナタ。バロックとなるとデュファイとは随分感じが違う。音楽の書き方は馴染みのものでほっとする。途中でクヴァンツのフルートのデュエット。モダンとトラベルソの両方で合わせるが、指の回り具合というか、演奏のしやすさでは、どうもトラベルソの方がいい。ともあれ6曲あるクヴァンツの作品2のデュエット、少しずつやっていこうということになる。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018.03.30

合意

じゃあその条件でこれまでのことは水に流しやしょう。お互いもうチャカは使わねえ。身内にも守らせる。これで手打ちだ。それに背いた組員がいれば親分に呼ばれる。手前の指を出しな。それが合意の掟である。

合意は個人の間では当人同士の一存で決まる。その種の世界でも親分が判断すればそれでお仕舞かもしれない。しかし組織同士の場合は一般に手順を追っていかねば本当の合意にならない。

(1)まず交渉をする者にはその権限がなければならない。親分が出向くならいいが、子分が赴くときには春帆楼でのように「全權大臣ハ互ニ其ノ委任状ヲ示シ其ノ良好妥當ナルヲ認メ」てからでなければ交渉できない。

(2)合意は、交渉の場での手打ちだけでは成立しないことも多い。すべてお任せ、全権委任というのでなければ、持ち帰って皆の了承を得なければならない(条約の批准と批准書の寄託)。

(3)組織としての合意は、そのまま構成員に影響を及ぼす場合もあるが、その構成員に周知徹底させねばならないこともある(条約締結に伴う国内法の整備)。

この3つの条件を各組織で理解し構成員も承知し、さらに合意の相手も理解していて、初めて組織同士の合意となる。

そのような条件が整わなければ、形だけは合意したように見えたとしてもそれが維持されることはない。休戦をしてから攻撃を仕掛けられたり、最終的かつ不可逆的な合意と思っていることが覆される場合もある。

つまり、ある程度同じように考え同じように行動する対等の主体の間でないと、合意はうまく形成されずまた履行されないということである。

ではそうではない主体に対処するときにはどうしたらいいか。

交渉の相手にはならないと放っておくだけでは困ることもあろう。山間部から里に降りて農作物を荒す熊さんや鹿に対しては、交渉して合意を形成することはできないが、相手にならないといって放置するわけにはいかない。柵を作るなり何らかの対策をとる必要がある。

これと同様に組織が組織の体をなしていない場合にも、交渉して合意を形成することが難しい。別の対処法を考えねばならないことがある。やむを得ず交渉するときには、この3つの条件を事前に確認し、交渉中にも確認し、事後にも繰り返し確認していかねば、実効性のある合意とならない。

考えてみれば、組やマフィア同士の合意が形成されるやり方や、組の内部の掟についても、その生成した土壌が反映されている。組織はその構成員が作るもの。組織の行動様式は構成員の生まれ育った土壌風土に応じたものになっているのである。

異なる主体同士で交渉するときに大切なのは、相手の考え方や行動様式を理解し、その発想が自己の規範の枠に収まらないこともあると意識すること。知らないと抜けがあっても気が付かない。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018.03.25

平和宮にて

仕事を一休みにして友人に連れられオランダを巡る。デン・ハーグでは平和宮も訪れた。平和宮はカーネギーの寄付で1913年に完成されたもので、正面左に高い塔を備えた美しい建築である。そこに国際司法裁判所、常設仲裁裁判所、ハーグ国際法アカデミーが入っている。

中を見学しようと朝行ってみると沿道で警察官が厳しい警戒をしている。聞いてみると特別な審理がある由。どこかのテレビ局のクルーも来ている。敷地内に入るための受付も厳重。列をなしている人に聞くとボリビアとチリの紛争に関する法廷の初日であった。事前に名簿を提出した者しか入場を認められないという。19世紀末に陸封国となったボリビアがチリに対し港へのアクセスを求め、国際司法裁判所に提訴し、その初回の公判が開かれるのである。

そのような事情で入口横のビジターセンターもガイドツアーもこの日はお休み。こじんまりしたビジターセンターを受け持つ若い女性が手持無沙汰にしている。「今日は厳しいのね」、そう話し掛けると、「そうなの、あとで学校の子供たちの見学があるけれど、それ以外はここも開店休業なの」と答える。

国際法を勉強しながらここでアルバイトをしているのでもあろうかと思って彼女に聞くと、いいえ専攻は美術史だったけれど今は学校の子供たちの課外授業の面倒を見るのが仕事ですという。「でもそれが楽しいの」、という言葉に、「若いときにそんな考えはなかなか出てこない。すごい。あなたのしていることは子供たちの心に美術の種を蒔いているのだと思う」そう言って励ます。

話をしているうちに当方が怪しい者ではなさそうと思ったらしい。励ましに嬉しくなったのかもしれない。見ず知らずの当方にメールのアドレスを書いて渡してくれる。そして「子供たちが来る前にそっと見るならいいわ」と言ってくれ、展示を一通り見せてくれた。

こうなれば本館も見たくなる。そうそう来られる訳ではない。しかも国同士の司法的な争いの初日に際会するというのは滅多にないこと。予備知識を得たうえでもう一度中に入れないか交渉しようと警備詰所に行く。するとそこに先に列をなしていた人々の一部が戻ってきた。彼らは名簿を提出してあったが、早く着きすぎたので約束の時間に戻ってきたのである。

手続きを待つ間に一行に今回の裁判がどのような性質のものか、どのような論点が考えられるのか、その昔の国際法の講義などを思い出しながら、あれこれ問いかけた。彼らから、随分詳しいですね、関係の方ですか、何かを研究しているのですかと問われた。こちらは素人なのにね。

しかし同種の関心を持つ彼らと一緒なら、すんなり中に入れるかもしれない。そう思いついて引率者に一行の末尾に加えて貰えないか頼んで見る。無論これは無茶振りである。ただ、引率者はこちらがメンバーと遣り取りするのを聞いていて、その種の経験を有する人間かもしれない、まあ大丈夫と判断したらしく、詰所に口添えをしてくれた。

詰所の方でこちらのパスポートをチェックし中に入ることを許された。一般に名簿の末尾になれば当日の欠席や追加といった出入りがあるもの。そして日本とは制度の運用が少し違うことを知ったうえで、詰所に働くごつい体格の人々の思考回路を想像しながら交渉すれば、厳重に見える扉も開いてしまう。ビジターのバッジを貰い、空港のようなセキュリティチェックを経て敷地の中に入る。

一行は別の約束があり左手の国際アカデミーや図書館のある建物に向かう。この裁判の傍聴ではなかった。そこでこちらだけが本館に向かう。高くなった車寄せを通って本館に入ると、すべてを心得ているような年配の受付女史が、今日は本館には入場できないと厳然として宣い、図書館に行けという。入口の詰所はクリアできても、彼女の守りを突破するのは難しかろう。たまたま来て強引に捻じ込むのにも限度がある。この興味ある裁判の傍聴は諦め、ホールの天井だけ眺めて左手のアカデミーに回る。

図書館やアカデミーは本館の左にある。図書館に入ると何人もの研究者が本や資料を読みノートパソコンに書き留めている。開架の書架にはさまざまな主題に分類された本が並んでいる。主権免除、宇宙法、その他にも興味深いものが色々ある。

図書館の奥まったところにはグロティウスを記念する一室がある。学生のとき国際法の父として習ったが、その蔵書を見れば、彼は国際法だけではなく、詩、哲学、科学、言語学、歴史、法学、政治と宗教、神学など多くの方面に能力を発揮していたことが知れる。この部屋にはその他の貴重書やカーネギーの寄付した150万ドルの小切手の現物も飾られている。美しく装丁された本の一冊を手にしてページを繰ると、第二次大戦後間もない頃のサウジアラビアと周辺国の国境画定を巡る外交文書をそのまま縮小して印刷したものであった。

ここでは国際法のディプロマを取得できるコースも開催されている。国際紛争、環境法、人権、調停実務の諸問題など、住んでいればコースを取ってみたくなる。

図書館でもう一度考えてみる。あの一行は何故ここに来たのであろうか。

彼らはボリビアとチリの裁判の傍聴に来たのではなかった。ただ今日の裁判についても良く知っていた。こちらの投げかける質問には敏感に反応する。それでいて何をしに来たのかを尋ねると、ちょっと許可がないと申し上げられないという。彼らの旅券は特別のものであった。会合を設定し引率してきたのはここに駐在している男性である。そして彼らはこの平和宮の誰かと会合する。会うのは勿論国際法の専門家であろう。

そこまで事実を並べれば自ずと見えてくる。なるほどそういうことか。恐らくそれであろう。

図書館を出て再び本館の前に行くと、準備のできた2つのテレビ局のキャスターがカメラに向かって話している。片方は女性、もう一方は男性であるがどちらもスペイン語である。彼らを眺めていると別のキャスターらしき兄さんがこちらを見て莞爾とする。どこから来たのか聞いてみると、彼らはどちらもチリのテレビ局であるという。ボリビアは周辺国との戦争に負け続け海への出口のない内陸国となり、硝石などの天然資源の輸出に不自由をきたしている。それで今回の裁判になっていると話してくれる。

平和宮を出るとその前にボリビアの国旗を含む大きな旗を持つ約30人が、自国の歌を歌って気勢を上げていた。彼らの多くは先住民のような顔立ちで、敷地の中にいるチリのテレビ局の白人系クルーと好対照をなしている。

平和宮の中では戦に敗れ海への出口を失った国が裁判により失地の回復を試み熱弁を振るっている。本館の前には相手国のテレビ局が取材をしている。敷地の外ではボリビアの人々が声を上げている。

晴れ上がった寒い日の朝それを眺めながら、先占や実効的支配という言葉を思い出し、動物の縄張り争いの習性などのことも考えた。他国のこと過去のことはすべて鏡である。

(年に似つかわしくない力づくのことをしたが面白い経験となった。)


| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018.03.16

それぞれに進む

親しくしている村のヴェロニークの夕食に呼ばれる。落ち着いてきた彼女の新居に8人が集まった。母親のピエレットとその連れ合いのエルベも一緒。ピエレットにお母さんの具合はどうかと尋ねると、それがねえと顔を曇らせた。母上は高齢で寝たきりであるが数日食事を摂らなくなっている。彼女の背中や肩を揉んでみると凝っている。無理もないが言葉に出すのは控えてたださする。それが土曜日のこと。

週明けの月曜日にその母上マダム・オズーフが亡くなる。享年96歳。オズーフはバイキングの家系で、一族にはカトリック東京大司教区の初代大司教となったピエール・マリー・オズーフも連なる。火曜日朝に弔問に行く。母上は抹香の焚かれた部屋にしずもっておられた。親戚がやってくる。木曜に葬儀が村の教会で行われた。200人ほどが参列。誰が参列し誰が参列していないかも見えてくる。埋葬の後教会の集会所で茶菓の接待。こちらもその手伝い。

皆が言うのは、彼女は夫を比較的早くに亡くし苦労もあったが、十分に生きたということ。

人はそれぞれに山を目指しやがて高みに達しいずれはその頂から降りてくることになる。彼女だけではない。誰もが同じ。

我々はそうやって生きていく。総体として前に進んでいくことを止めることはできない。後には若い生命が続いている。それは天地の運行の一部である。我々とは個人ではなく個を包摂する共同体であり大きく言えば生きとし生けるものすべてである。それ故に毎日が、日々の一瞬が、大切になる。

老女の葬儀に立ち会った人々が感じ言葉にしたのはいずれも同じことであった。その思いはかつて同じ教会での葬儀で感じたこととも重なる。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018.03.08

柔軟性

そんなに畏まらずどうぞお楽にしてください。そう言われるのはお客に呼ばれたときだけではない。固く考えずに柔軟になれば社会生活がうまくいく。アングルバーではなくフレキシブルワイヤーであれとは旧海軍のモットーであった。

では柔軟性とは何か。どのようにしたら身に付けられるのか。

柔軟性とは、さまざまな場所や状況に応じ適切な判断をして対応できることである。まずはそのような定義から、柔軟性を身に付ける一つの手がかりが得られる。

つまり柔軟性がさまざまな場での対応の仕方に関わるものであるならば、場数がものを言うということになる。多くを経験した人は、同じ状況が再現したときにうまく対応できる。

しかし経験を重ねるというのは単にメンコの数を積みあげているだけではない。何度も経験している間に、ある質的な変化が起きているように思う。それがなければ、前に学習したことは、全く同じ状況でしか役に立たないことになる。

質的な変化とは、個別を超えた普遍の認識ができるようになるということであろう。抽象度を上げて考えるといってもいい。

異なる経験の中に実は同じものがあると考えるには、抽象度を一段上げる必要がある。茶色の犬と黒い毛色の犬とを同じと見るには、色ではなく両者に共通する犬という属性に注目しなければならないし、犬と猫を同じと見るためには、両方が属している哺乳動物という上位概念を必要とする。

茶色の犬に吠えられてから黒い犬にも注意するようになるのは、茶色の犬での経験を犬一般での経験に抽象化して記憶するからである。

経験を積むうちにその違いを超えて共通するものが見えてくる。特に比較が2つではなく3つになり4つになりと増えていくと、個別には違うように見えるが、根底にあるものはどれも同じと気が付く。

外国に行ってみると、最初は自国と比較した相違に目が行きやすい。しかしそのうちに彼我の違いを超えて同じものを感得するようになる。そのときにも一種の抽象化の作用が働いている。言葉や目の色は違うが人の心は同じという話になる。

個別の状況に内在する普遍性を見出せば、1000本ノックを受けなくとも(あるいは未経験でも)新たな状況に対応しやすいし知識も生かせるようになる。初めて触る機械、新たに手掛ける事案、見知らぬ人、見知らぬ土地、それらに遭遇してどのように行動すべきかが自ずと見えてくる。

柔軟性には個を超えた普遍への意思の裏打ちがあるのである(そして行きつくのは生命である)。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018.02.27

自制

社内に困った君がいる。依怙地でやや浮いていてそう言われても仕方ないところがある。その彼について、力を持つ人が「あいつはやっぱりなあ」と発言した。

その発言にその他大勢が追従する。その人達には悪気はないにしても。困った君は袋叩きに遭っている。現在のところ知らぬは本人ばかりであるが、周囲の声はやがて本人の耳にも届くであろう。心ある人はそっと伝えようとするかもしれない。

どうしたものか。聞く耳はないかもしれないが、まずは本人に直接言うことであろう。条理を尽くし、こんな見方もあるよ、こうしてはどうかと。経験者はできることなら直に声を掛ける。そして激励する。

もし直接に話すことができないのであれば黙っているまでのこと。一定の年齢に達した者が諷諌をするとその人の品性を著しく損なう。自制しなければいけない。

(困った君、あなたもいずれ経験を積んで気が付くときが来る。高みに達するときが来る。頑張れ。)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018.02.25

動物になる

様々な教えが自然に振る舞うこと、あるがままを受け入れることを説いている。あれこれ考えて悩んでも仕方ない。

それは人間の理性や知性に捉われすぎてはならないと理解することもできる。これをもう少し先に進めると人間も動物の一種であり、生きとし生けるものの一部であるという認識になる。

一度動物に戻ってみる。それは礼節を忘れるということではない。動物は生きていくうえで、人間のようには知性を働かせることはないという意味である。自然に逆らわず生きている。人間のように多くを必要とせずして生きている。

母を看取ったとき、母は次第に生きることの基本に還っていった。それは母が身をもって教え給いし人と生と死に関する最後の講義であった(残照)。あれから既に7年が過ぎた。

動物のあるがままは御仏の教えと通うのか。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018.02.24

二つを三つに

フルートの先生をしているLに「トラベルソもしない」と持ちかけると、テクニックも指使いも全く違うのでできないという。そんなものかしらねえ。確かにずっとモダンのフルートをしていると、トラベルソは別物に感じられるのかもしれない。

しかしキーの数が違うだけでどちらも同じ横笛である。ときにはモダンのフルートを使うこともあるが、同一言葉のなかの方言の違いのように思う。

ではこの2つの笛の横に縦笛を置いたらどうか。オーボエやファゴットを置いてみたらどうか。それでもフルートとトラベルソは全く違うと言えるのか。

そこで実験を思い付いた。テーブルの上に2つのグラスを置く。その一方にはボルドーの赤ワインを、もう一方にはブルゴーニュの赤を注いで飲み比べてもらう。さあどう感ずるのか。

その産地の人やソムリエは違いに敏感で別物と言うかもしれない。それぞれに個性がある。

ここで第3の器を出す。それはグラスではなくぐい呑みである。それをテーブルの反対側に置いて純米吟醸酒を注ぐ。ボルドー派にそれを飲んでもらってからもう一度尋ねる。ボルドーとブルゴーニュはやはり違うのかと。

2つだけの比較では両者はかなり違うと思っていても、3つ目が加わると最初の2つの差は縮まるような気がする。特に3つ目がかなり遠い距離にあると、最初の2つの差などわずかなものとなる。新たな気づきの可能性もある。ワインでなく日本酒を登場させる所以である。

この考え方を話の種としてときどき使っている。皆がヨーロッパ諸語はそれぞれが違うと議論しているときに持ち出してみる。欧州の各言語は違うとはいえアルファベットを使っていて、平仮名、片仮名、漢字で書く日本語の世界から見ると学びやすいころがあるような気がする。それにギリシア語やラテン語に起源を持つ語も共通でしょう。自分のように遠くから見たら結構似ているのだけれどもね、そう言っている。

モダンのフルートと古楽のトラベルソの差も同じこと。2つの比較でも3つ目を意識してみる。その3つ目をどこから探してくるかで面白い結果が生まれることがある。

(リコーダーのAさんがガンバを弾き始めたときのこと。それがねえ、彼女の弾くガンバはやっぱり彼女のリコーダーの音なんだね。そう聞いたことがある。楽器が変わっても音楽の感じ方にその人が出てくる。)

ではそれを知ったうえでその先どうするのか。自分にはこれしかないと元来のものにとどまる純粋派と、似ているなら試してみるかと手を伸ばす好奇心派の違いが生じてくる。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018.02.11

トリオソナタ

ローランドのスピネットをしばらく借りられることになり、それを運び込んでデイビッドを迎え、皆で朝から晩までトリオソナタに集中した。

きちんとした楽器を使い自分で調律した方がいいのだが、電子式にもそれなりのいいところがある。モダンと低いピッチをボタン一つで切り替えられるので、古楽原理主義者だけではなく今の楽器の演奏者も一緒になり、あるセッションは440、次は415で、そしてすぐにまた440に戻るということが可能となる。古楽の人口密度の低いところでは役に立つ。

それだけではなく、管のピッチの調整が難しいときには鍵盤の方でつまみを回すだけで合わせてしまうということができる。すべての弦をチューニングハンマーで回していてはこういう芸当はできない。調律はバロッティ。美しい響きはまずピッチを正しく合わせることから始まる。その点ではローランドもそれほど悪くはない。マーガリンの効用と同じ。レオンもC30を手に入れたという。

こちらは通奏低音、ときにトラベルソやリコーダーあるいは上声のガンバに回る。コレルリから始め、バッハ、テレマン、CPEバッハ、クープラン、マレなど。今までに集めていた楽譜を活用する機会となる。ではいずれどこかでやろうか。パリ四重奏曲も入れるかなどと話は広がる。これならバイオリン、フルート、ガンバ、チェロ、鍵盤の奏者全員に出番がある。終わったのは真夜中を過ぎていた。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018.02.09

枠の外に出る

子供が柵の間に頭を入れたところ抜けなくなってしまった。引き抜くために大人が棒の間隔を広げようとするがびくともしない。しばらく格闘した末、引くことを諦めた。その代わりに肩を回して胴体ごと棒の間を滑らせたら難なく抜けられた。

「押してもだめなら引いてみな」というがその逆でうまくいった。

司馬光の故事を思い出した。子供たちが庭で遊んでいるときに、一人がそこに置かれていた大きな甕の中に落ちた。甕には水が入っていて子供は溺れかけている。どうするかと皆が騒いでいるときに7歳の司馬光が大きな石を甕に打ち付けて中の水を出して落ちた子を救い出した。

また別の例。手を伸ばして高い所にある物を取ろうとしている。ぐらぐらして転倒しそう。そんなときは無理をしない。踏み台を使えばいい。

さてこのような枠を抜け出した発想をどのようにして得たら良いのか。少し前に書いたものの続きであるが、その方法をまだあれこれ考えている。もう少し前にも同じようなことを考えていた。

この種の発想法は水平思考とも言われ、それに関する様々な本があるのでそれを参考にすることもできる。ただよく考えてみれば、そのような本に頼らずとも、手掛かりは人々の日常の行動の中にある。故事や成句は先人の英知を凝縮したものであって、そこには枠を抜け出す知恵が豊富にある。

三人寄れば文殊の知恵とは、異なる人々が寄り集まることで新たな発想を得られるという話。内外を問わず異文化に接するのは大切。その点では、馬には乗ってみよ人には添うてみよも、気付きを得る機会となる。居は気を移すという言葉にも、新たな発想につながるものがある。

新たな発想を得る工夫を一般化するのは難しいがあえて概括するなら、前後、左右、上下、+-、大小、長短、内外を変えてみるということで、新たな発想が得られる場合が多いような気がする。

また格子状のマトリクスで考えてみるのも役に立つ。これを作ってみると、様々な条件の組み合わせで検討していないものが見つかることがある。難しいのは個別の事例の中から共通する要素を見つけ出しそれを条件にするところであるが。

さらには雑学も含め物事に対する広い知識が役立つ。物性を知っていることで大胆とも見える判断や行動を取れることがある。

そのうえで心すべきは如何に枠を外した考え方を活用するか、それを使って状況に合わせた適切な方策を示すことができるかである。それができれば実用的な損得だけではなく心の持ちようも変化してくる。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018.02.06

自然のままというが

懇意にしてもらっている村の一家を招いて夕食を共にした。彼らは何世代にもわたりここに根付いて農業をしている。娘たちも至近距離に家を構え、親族がよく出入りし食事どきには大勢が集まる。有難いことに折々にこちらに声を掛けてくれる。

付き合いが長くなるにつれ彼らの美質が見えてくる。家長のEは余り話す方ではなく、酒が入ると居眠りをしてしまうことも多いが、暖かみがありいつとはなく敬意を抱くようになった。向こうも「親族よりお前さんの方が近しく感ずる」と言ってくれ、それを有難く思っている。

感心するのは、その連れ合いのPとその娘たち。個別を超えて事象一般についてあるいは人間について話すことができるのである。しかも分からないことはすぐに調べる。そうして調べた事実を基にして自分の忌憚のない意見を述べ座は常に賑わっている。それは学校教育で得た訳ではなく地に足の着いた生活の中で得たもの。

そのような会話の中で話が女性の若作りのことになった。彼らは齢相応にしないと不自然であると至極健全な意見を述べる。そうだね、無理をすることはないね。Eはでもまあ髪はあった方がいいがなと言う。彼は70代半ばで結構白くなっているがかなり髪がある。

そのときにふと思い出した。水上勉氏の本で読んだのであったか、良寛禅師の言葉である。心許す友への地震見舞いの書状に「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候。死ぬる時節には死ぬがよく候。是はこれ災難をのがるゝ妙法にて候。」と書いて慰めたという。

皆に問うてみた。若作りをせず今の自分を自然なものとして受け入れるのが良いということなら、不治の病に冒されるなりして死を免れることができないと知ったときにも、自然なこととして受け入れるのか。さあどう振る舞う。ある意味では究極の問いになる。自分でも答えられない。さすがに議論はまとまらなかった。

さて良寛さんのように「死ぬる時節には死ぬがよく候」と言い切れるか。答えは人によるし、年齢にもよる、周囲の状況もある。一概には答えられないし、無理にどれかに決めつけることはない。一方には従容として毒杯をあおいだソクラテスがいるし、他方には病気になった肉体を冷凍保存して医学の進歩を待つという話や、不死の霊薬を求めた中国の皇帝の例もある。

しかしそれと同時に母のことも思い出した。亡くなる2か月前のこと。現在の状況や自分のいなくなった後の諸々についての母の話しぶりは、恰も隣の町への引越を前にしているときのようであった(列車を待つ)。自分はいつかこのような境地に達することができるのかという思いもかすめた。

夜更けまで続く皆の会話の中であれこれと考えていた。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018.02.03

枠を離れる 不要文字削除

英語文書を作成するときには、基本的には半角英数字を使う。ところが日本人が作るとその文書に全角文字が混入していることがよくある。

目で見て和文がないから大丈夫と思っても、数字やアルファベットの一部が全角になっていることもある。どこかで見落としをしている可能性もある。

そこで正規表現を使い不要な全角文字を一括で検索し削除する。逆も同じで、英語の文書を翻訳してできた日本語の文書の中に不要な英数字があればそれも正規表現で削除する。

ところが、この不要文字削除の正規表現のスクリプトがうまく機能しない場合が出てきた。和文の中にある不要な英文字を削除するスクリプトを動かしても、削除されずに残る英文字があることに気付いたのである。refinedという単語の中でfiだけ残ってしまう。

おかしいと思いrefineやrefinesとタイプしてみるが、これはきちんとすべての文字が削除される。そうであれば活用語尾が影響しているかもしれない。

かなりの行数になるいくつもの正規表現の辞書で活用に関するロジックを順番に見ていったが変な所はない。それなら原因は活用語尾とは違うのかな。

もう一度refinedとタイプしてみると今度は削除される。おや、おかしい、同じrefinedで完全に削除されるときとfiだけ残るときがあることになった。

同じと見えるものなのに異なる結果が出るのは、どこかが違うからである。その差は何かをあれこれ考えてみる。

その結果、最初に不具合に気付いたrefinedという文字列は原稿のテキストをコピーしたものであるのに対し、検証中に使ったrefinedという文字列は自分でタイプしたものであることに思い当った。そうか原文の文字列に何か隠されたものがあるかもしれない。

そこで2つのrefinedという文字列を白紙のワードに貼り込んでみる。ワードを使うと、テキストエディターでは表示されない情報が見えることがあるからである。

そうやってみると、原稿にあるrefinedという文字列にはスペルチェックの波線が現われ、手でタイプした文字列には波線が出てこない。原文にあった文字列ではカーソルを動かすとfiが1つに扱われ2つの文字の間にカーソルが入らない。

ここまできて原因が判った。合字(リガチャー)である。fとiを一まとめにしてfiという1文字を作っているのである。æやœなら目で見てわかるが、fiは元来が体裁を整えるための合字でちょっと見ただけでは判らない。それで気が付くのに時間がかかった。

アルファベットといっても、意識を広げ英語だけではなく様々な欧文を見れば、大小のabc26文字以外の文字も使われている。ドイツ語のウムラウトやフランス語のアクサンテギュなど、アルファベットに点や丸や髭を付けたものがある。

引用符にしてもシングルクォテーションとダブルクォテーションだけでなく、その向きが斜めになっているもの、尖っている先が上向きのものや下向きのものなど、色々な種類がある。

問題点を明らかにするのに時間が掛かったのは、英語であるために検討すべきは大文字と小文字の各26文字だけと思い込んでいたことにある。合字について思いが及ばなかった。欧文文字には色々あるし、英文文字それ自体にも実は見慣れない文字があるということ。そのことは昔の英語を学べば気付きやすくなる。現在の形に整備されるまでには様々な文字が使われていたという事情は日本語でも同じ。

今回の不具合の検討は、思考の枠を取り払うのがいかに難しいかを体得する経験となったが、同時に捉われた思考の枠を離れるためにどのようにしたら良いのかを学ぶ機会でもあった。

思考の枠を離れるのにはどうしたら良いのか。虚心坦懐に対象をよく眺める、差異を見極める。ときには差異を意図的に作り出してみる。そのために対象の隣接領域まで調査を広げてみる、意識を過去にまで延ばしてみる、というのが教訓である。有意義な1時間であった。

答えが自分の思い込みの枠の外にあると気付いたときは、アルキメデスのエウレカで、脳内に快感物質が出てくるような気がした。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018.01.28

土蔵の整理

押入れや物置、土蔵や倉は子供には怖いような不思議な場所である。言うことを聞かなければそこに入れてしまうぞと脅かされることもある。そこには何に使うのかわからないような道具、材料、記録、写真、衣装、骨董などが入っていて、とりどりに埃をかぶったままになっている。

土蔵を怖がった子供もいつしか大人になり、それを整理する順番が回ってくる。それは自分のものかもしれないし、父祖の時代のものかもしれない。中に掘り出し物があってもおかしくない。しかし実はこの整理が難物である。

足を踏み入れれば床にはネズミの糞が散乱し、蛇の抜け殻もある。あらゆるものに埃が積もっていて掃除が必要になる。

大掃除をして綺麗になったとしても、そこに放り込まれているものは、大きさが違う、用途が異なる、いつの時代かもわからない。中には思わぬ発見があったり思い出の品があったりで、ついそれを手に取って時間の経つのを忘れてしまうこともある。そのうちに時間切れとなり、あとは普段の仕事に忙殺され、結局は途中のまま放り出されることも多い。

ここでいう土蔵は必ずしも土蔵である必要はない。それは自分の部屋かもしれない、机の上かもしれない、あるいはパソコンの中のフォルダーのことかもしれない。

いずれであるにせよ土蔵や物置のようなところは、ものを放置しそのうちにその存在を忘れる為の場所ではない。ましてゴミ捨て場でもない。必要なものを保管し次につなげるための場所である。整理してあればいざというときに取り出して活用できるし、能率が違ってくる。

ではそこを整理するにはどうしたら良いのか。

必要なのは行動を苦にしないという心の持ちようかもしれない、身辺の大掃除をしていてそう気が付いた。しなければいけないことをするときに面倒臭いと思わないことである。そういえば藤山直美と香川照之の対談で似たようなことを二人が言っていたのを思い出した。香川照之は「苦に思わない」と表現し、藤山直美は「鍛錬訓練が普通にできる」と語っていた。

土蔵や物置は定期的に、いや気が付いたときにはすぐに整理すること。身だしなみを整えるのと同じ。熊沢蕃山が「平生顔を洗い髪を梳るのも道を行うこと」と言っているのも、そのような意であろう。それができる人を見ていると、我が身についてだけそれを実践しているのではない。他の人が放置しておいたものもそっと始末している。

整理にばかり時間をかけていると本来の創造的な仕事ができなくなる、本末転倒になるという反論があるかもしれない。

確かに、本来すべきことに費やす時間と整理にかける時間との間では均衡をとらねばならないように見える。しかし実のところをいうと整理は本来の仕事の一部であり、次の仕事への準備である。「段取り八分」と言われる。整理をすることで新たな気付きを得たり、分類が変わることもある。整理を苦にせず普段の行動の中に組み込むことで、負担が少なくなる。

その時々に必要な分類と整理をして次に備えるため土蔵にはこまめに入るべし、ということか。大掃除の教訓である。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018.01.22

通底するもの

人間の気質や行動様式は多様であるが、ある個人に注目すればそれはなかなか変わらない。雀百まで踊り忘れずというその踊り方こそが個性である。ある程度の時間、人さまの話を聞いたり行動を見ていれば、その人の姿が浮かび上がってくる。

ただそれができるのは他人様であるからで、自己を知るのは難しい。これこそが一番の難事。自分にはどんな傾向があるのか。

散歩をしているときに、子供の頃のことを思い出してそれを鏡にしてみたらどうかと思いついた。これなら自分といっても距離を置くことができる。三つ子の頃までは遡れないが少し昔を振り返ってみる。

最初に思い出したのは自転車のこと。自分が小さい頃にはどのうちにも自転車があるというわけではなかった。子供は大人用の自転車で三角乗りもしていた。フレームの三角形の中に右足を入れペダルを常に半分だけ回すというやり方である。

小学校の学年が進むうちに、自転車を買い与えられる男の子が増えてきた。そこには子供の気を惹く装備がついている。最初は発電式のライトであった。電池式と違い交換する必要がない。そのうちにスピードメーターが出てきた。

当時の憧れはドロップハンドルと多段ギア付きのスポーツ自転車で、それに乗る者が少しずつ出てきた。ブリジストンでは踏力を有効に活用するオーバルギアを大々的に宣伝した。少年雑誌の広告を見ていて次第に頭の中に自分の理想形のようなものができてきたが、それは余分なもののない単純な形のスポーツ自転車であった。

しかしなかなかそんな自転車は見つからなかった。自転車は次第に派手になり、前のハンドルと後ろの荷台に方向指示器を組み込んだものも出た。しかしそのような自転車は玩具のように感ぜられ全く欲しいとは思わなかった。

中学になってからであるが、これなら欲しいというものを見付けた。それはプジョーというフランスのメーカーのもので、子供の自転車とはかけ離れた値段である。そのうちに自転車が意識にのぼることもなくなっていった。

次に思い出したのは、中学生のときの参考書である。当時多色刷りの学習参考書が出るようになっていた。重要事項や語句を赤や青で印刷してある。しかしこれが煩わしい。敢えて墨一色の参考書を選んでいた。そのような参考書でも大切な所は太字にしてありそれで十分。

なまじ色があれば、「カラーだが太字ではない所と墨で太字である所とではどちらが重要なのか」などと余分なことに気を取られてしまう。中学生なりに重要なものと飾りを区別し、余分な要素を排除しようとしていたのかもしれない。

同じ小学校から中学に進んで一緒のクラスになった女の子が作ったノートを覗いたら、多色刷りの参考書のように色鉛筆で綺麗に彩られていた。自分のノートがどのようなものであったかは忘れてしまったが、色の多用とは無縁であったように思う。

もう一つ思い出すのは腕時計である。高校生になり父の購読している文藝春秋を少しずつ眺めるようになった。といっても本文には食いつけないので、まずは広告を見る。そこには時計の宣伝もあり、スイスのオメガやラドー、テクノスというようなブランド名が記憶にある。国産のセイコーやシチズンもあったと思う。

眺めていると、メーカーによりデザインが異なる。世間でもてはやされるオメガを含めスイス製のデザインにはそれほど感心しなかった。何となく垢抜けしていないように思われる。ラドーの色つきの文字盤や宝飾品のような作りには、あの少年向けの自転車の派手な見せかけに通ずる装飾過多を感じた。

時計は正確な時を刻み、デザインはそれを過不足なく形にするものであれば十分。いやそこにこそ機能的な美しさが宿っている。うまく言葉にはできなかったがそのようなことを感じるようになっていた。

舶来の時計に比べると国産のものの方が自分の感性に合っていた。中でも簡素で質実な用の美があるのはセイコーであると、心の中ではいつの間にか決まっていた。その頃にはセイコーの時計がスイスのクロノグラフの基準を凌駕したことも知った。

そこで大学入学祝いに買ってもらったのが、グランドセイコーであった。機械式ハイビートで日差数秒。当時すでにクォーツ式の腕時計が出ていたが、それを除くとこのグランドセイコーが最も高精度であった。白銀色の文字盤にサファイアガラス、針もインデックスも単純明快。端正なケースの角は直線から円に滑らかに推移する。黒のわに革のバンド。今も必要なときには身に付けている。

大人になってからは、この考え方を行動に生かすことが多くなった。

仕事でメモをしたり考えをまとめるときには、職場の定形箋を使わなかった。そこに引かれている罫線が自由な発想の妨げになる。下部の組織名も考えるときには雑音になる。湧いてくるアイディアを書き留めたり並べ替えたりするには紙面に何もない白紙が一番いい。仕損じのコピー用紙の裏を使い、項目ごとにまとめたり図表を作ったりしていた。

使うのは2Bの鉛筆。細く硬いシャープペンシルではどうも思考がうまく流れない。鉛筆の先をカッターでちょうどいい太さに削るのが書く前の準備体操である。適度なざらつきのある白紙に柔らかく黒々とした太い文字や線を描くときには、快い感触があった。

ロンドンにいたときのこと、案件ごとにプレゼンテーションの資料を受け取るのであるが、資料はどれも金箔文字で麗々しく何か書かれた立派なバインダーに入っている。さらにプラスチックの表紙・裏表紙がある。ときにはサービスのペンが付いていたりする。折角作ってくれたものであるけれども、こちらからすればどれも虚仮威し。すべて取り除くとA4の紙束のみになる。これで場所をとらなくなるし、出し入れも簡単、他との比較も容易。これも考え方は同じ。

雀百まで。人の行動様式は変わらない。自分のものの考え方や行動様式も子供のときに既に発現しその後変化していないようで、思い返すことで小さな頃から今に通底するものを発見したわけである。そう生まれついたということ。それが原三渓に対する敬意にもつながっているのかもしれない(博愛と剛毅)。

(飾りを取り除き大切なものだけを残す。それを繰り返しながら本当に大切なものとは何かを考え直していく。すると大切なものの性質が変ずることがある。後生大事にしてきたものが一気に片付いてしまう。大切なものは外ではなく我が身の内に収めればいい。)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018.01.12

同じようで違う

バッハの復活祭オラトリオには縦横の笛が活躍する美しいアリアがある。トラベルソが登場するのは"Seele, deine Spezereien"である。ヘレベッヘのコレギウム・ヴォカーレの演奏を聴いていて、これを無性に演奏したくなった。

幸いにいいソプラノがいる。昨年パーセルのディドとエネアスで主役を歌った女性。コンソートソングに関心を持っているのでまずそちらで気心を知ったうえで、いずれこれをやろうと持ちかけることを目論んで少しずつ練習をしている。

練習をしていると高い音域の半音階の音程を正確にとるのが難しい。しかも使う笛によって歌口の巻き込み具合が微妙に違うし指使いを変える必要もある。あれこれ試してどの笛を使うかを決め、それに合わせた息の吹き込み角度や指使いを確認し、それを楽譜に書き込む。そしてまた練習をするということを繰り返している。

そのうちに気付いた。これは「同じように見えても違う、違うようで同じ」という例のおまじないの一つのバリエーションであると。今回はその中でも前段のお話である。

笛を選ぶときはいくつも試してみてその中で自分に一番合ったものを選ぶ。プラスチックのリコーダーでも射出成型の具合が微妙に違うので、多くの人がいくつもの笛を試奏している。まして製作者に作ってもらったものはそれぞれに個性がはっきりしている。ロッテンブルク、ブレッサン、グレンザー、ステインズビーJrなど、モデルにしたオリジナルの楽器の形状で音の出方に違いがある。素材が黒檀なのか、グレナディラなのか、ツゲなのかで管体の鳴りも違う。

それに加えてそれぞれの製作者により持っているリーマーが違う。それは管の内側を削るためのもので基本的には円錐形であるが、それは直線ではなく微妙に動きながらすぼまり、そのすぼまり具合が楽器により異なる。指孔の間隔、その穴のアンダーカットなども違っている。同じ製作者が同じモデルを同じようにして作ってもまったく同じものはできないであろう。

つまり、トラベルソならどれも同じと考えてはならないということ。様々ある個別の楽器の状況を見極めてどのように対処するかを一つずつ決めていかねばならないのである。これらの課題を克服したところで初めて、弘法筆を選ばず、という話になる。

笛の話だけではない、人間についても、文化についても一括りにする発想から抜け出すのは難しい。画一化への戒めとなった。

(このコレギウム・ヴォカーレの演奏はなかなかのテンポでまだ追いつけないが、他の演奏ならほぼ合わせられるところまできた。もう少し。)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018.01.10

どちらが早いか

学術団体の運営に関する文書を訳して欲しいという。生憎古い文書をスキャンしたPDFしかない。それをOCRで読み取らせテキスト化しても文字化けがはなはだしい。さあどうしたものか。

二つの方法がある。原始的に印刷原稿を横に置いて手作業でやるという方法と、文字化けを修正して機械に掛けるやり方である。普段は手作業を優先するが、今回は文字化け修正後に翻訳メモリを使う方法を選んだ。

その理由は分量にある。数枚の文書であれば手作業の方が早い。しかしこれは相当の分量がある。大きな文書では用語や表現の統一を目で追っていては見落としが生ずる。機械にかければ構造解析や用語集も使える。準備に少し時間がかかるが、後の作業効率を考えて機械を使うことにした。

まずレイアウトを再現し、そのうえで文字化けを直していく。面倒なようであるが、そのうちにOCRの読み取り誤りにも一定の法則があることに気付く。それがわかれば正規表現を使って同じような読み取りの間違いを一括して修正することができる。

2日がかりであったが漸く準備ができ、きれいな原文の文書が再現できた。これで翻訳に取り掛かれる。

手作業にするか機械を使うか。手作業ならあまり準備はいらないが、実際にやりだすと時間がかかる。これに対して機械を使うにはその準備に時間を要するが、実際の作業での能率は上がる。どちらにするかを判断するときの基準はその分量である。

数式にすれば、手作業は(小さな準備+大きな作業負荷/単位)であり、機械は(大きな準備+小さな作業負荷/単位)である。

手作業  準備 10分 + 5分 x 100単位 = 510分
機械作業 準備100分 + 1分 x 100単位 = 200分

財務分析に固定費と変動費という考え方があるが、それと同じ考えである。両方合わせて時間なり労賃がどのくらい掛かるかを考えてみたのである。

以上はどちらが早いかという、分量と時間の関係を考えての結論である。ただ別の価値観もある。手作りには時間がかかり拙いかもしれないが喜びがある。機械は効率が良いがきれいすぎるところも出てくる。どちらにするかはその人次第。時間のある人は自分でやってみるのもいい。

そして手作業か機械かという選択の問題は、素人と専門家の問題でも生ずる。素人でも自分でやっていれば楽しい。それも良し。他方で専門家は同じことを反復しながら知識を蓄え技倆を向上させ、磨かれた芸にしている。どちらになるかは状況によるし、その人の価値観による。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018.01.05

考えよと言われても

他人の情報の受け売りをせず自分で考えなさいと言われる。思考力が大切であると強調される。しかしそう言われても困ってしまうことがある。「考える」とはそもそもどんなことなのかしら。考えるということ自体を考えてみる。

ある辞書では、考えるとは「知識や経験などに基づいて筋道を立てて頭を働かせること」と説明していた。しかしこれは考えることの一部に過ぎず、しかも考えるという行為のうちでは後の段階に位置するもののように感ぜられる。

この辞書の定義は、何らかの疑問なり質問なりが与えられそこから答えを導き出す過程を説明するもので、それは問題解決型の思考と表現してもいい。これを (a) としておく。

しかしその前に、(b) 質問を組み立てて問いを発するという行為がある。さらに遡れば、(c) 何かに着目するという行為があり、考えるとはそのすべてを含むのではないかしらん。

少し切り口を変えて、私たちの世界を3つに分けてみる。知っている世界、知らない世界、気付かない世界である。

(i) 知っている世界については、何か聞かれても「それはこのようなことです」と答えられる。知っているとは、それを自分で経験していたり知識があるということである。

(ii) 知らない世界については、何か尋ねられたとき「知りません」と答える。そう答えられるのは、そのような世界があることはひとまず知っており、単に自分の経験や知識の範囲内にないので聞かれても自分では今答えられないと知っているからである。機転の利く人なら「調べてお答えします」または「考えてあとでご説明します」というような返事をするであろう。

(iii) 前の2つと対比すると、気付かない世界は一番難しい。そもそもそのような世界があることすらわかっていないのであるから、何か聞かれても「ええっ」と驚くしかない。尋ねられて初めて意識にのぼる世界で、その人の中では新大陸である。

前に見た (a) (b) (c) の過程をこの (i) (ii) (iii) と対比すると何か気が付くのではないか。

まず、問題解決型の思考(a)は知っている世界(i)と親和性がある。次に、質問を組み立てて問いを発する(b)というのは知らない世界(ii)に対して有効である。さらに着目(c)とは気付き(iii)そのものである。

つまり(a)-(i)、(b)-(ii)、(c)-(iii) というように、「考える」に当たっての3つの段階と私たちを取り巻く世界の三重構造とが綺麗に対応しているのである。

(思考の展開の順番を考えると、考えるという行為は上記説明を逆順にして、まず(1)何らかの対象に着目し、(2)着目した対象についての疑問を質問の形にして発し、そして(3)その質問への回答を提示するという順番になるかもしれない。)

勿論、思考の中でどれを得意とするかは個人差がある。これまで誰も気付かなかったものごとに初めて着目する人(新奇なものを好む人は未知の対象を発見しやすい)もいれば、その対象について「おや」と疑問を感じてそこから事物の本質を衝く質問を繰り出すことに長けている人もいる。そして与えられた問題に対し鮮やかな解法を披露する問題解決型の人もいる。

ただ自分がいずれに属するのかは別として、大切なのは、「考える」とは問題解決型の論理展開の部分だけではないと意識することである。意識にのぼりにくいものごとに着目すること、そこから本質的な鋭い質問を発することにも意を用いる必要がありそうである。適切な問いを立てるのは難しいし、新たな気付きを得るのはこれまでの思考の枠の外に出ることであって、もっと難しくなる。それができるのは天与の才かもしれないが、訓練の余地もあるように思う。

「考える」とはどのようなことか。何に注目し、それにどのような問いを立て、その問いにどのように答えるのか。そのすべての過程が「考える」ことを構成しているような気がする。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

«デジタル資産の行方