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2013.12.13

敬語表現

新薬に関する医師アンケートの訳文を点検して欲しいと頼まれた。クライアントに訳文を提出したところ大幅な添削を受けたという。話は込み入っているように見えたが、検証していくとこれは医薬に関する話ではなく敬語表現の問題であると気付いた。医師に対してどのような敬語を使うか、患者はどう表現するのかがポイントになっていた。

質問をする医師に対してはそれなりの敬意が必要である。医師の動作に対しては「○○なさる」というような敬語表現を用いる。ただし節度を持って敬意を表現した方が、敬意は相手に伝わりやすい。多用は逆効果となる。いくつかの動作が重なる時には、最後だけ敬語表現を使えばそれで充分に敬意が表現されることが多い。あるいは丁寧語の「お」や「ご」を使っても、相手に関する事物に関連するときには尊敬表現たり得る。

敬語表現は過剰になってはいけない。自分も普通の人間なので過剰な敬語はやめて欲しいと言う医師がいる。まあ持ち上げられて喜ぶ人がいるかもしれないが、医師を絶対神のように祭り上げる必要はない。敬語過剰の文章は奴隷の言葉になる。

医師に対する質問での患者の表現も問題になる。アンケートの中で患者を「患者さん」や「患者様」とする必要はないと思う。客観的に患者とするだけで十分である。それで患者を粗末にしていることにはならない。

何故過剰な敬語表現を控えなければいけないのか。世の中には裏表を使い分ける人がいる。当人に対して丁寧な言葉を使いながら、その人がいなくなると途端にぞんざいな言い方をする、そのような人がいる。あまり丁寧な言葉を聞かされると、裏表を使い分ける人やその人の影での物言いが想像されるし、露骨な商業主義を感ずるという心理も働く。

むしろ控えめな表現に誠実さや真の敬意が宿るように感ずる。敬語を使いすぎないようにという考え方の背後にはそのような事情があるのではないか。

提出した訳文は決して不躾なものではない、むしろクライアントの方がやや敬語を過剰に使っているのではないか、依頼に対してはそのような回答を送った。

その後で、このようなクライアント(正確にはクライアントのために訳文をチェックしている人であろうが)にどう対応するかを考えてみた。

問題はクライアントが敬語表現を多用する文章を好んでいるということ。しかも訳文に対するコメントからは、これでなければならないという教条主義を感ずる。さてどう対処するか。予防的にはスタイルガイドをクライアントに予め提示してもらうのがよいが、事後的には論点を明らかにして冷静に議論を進めるしかない。

(1)何せ相手はクライアント、お客は大切なので、最終的には従うしかないのかもしれない。けれどもまずは説明をしてみる。上に述べた敬語に対する考え方を理解してもらうのは難しそうであるが、具体的な訳文に即して何故その表現になるのかを明らかにする。それによって気付いてくれるかもしれない。

(2)これでなければならない、という思い込みにどのように対応するか。翻訳者の中には翻訳学校で教えられたことを忠実に実践する人がいる。先生の教えにはそれなりの理がある。ただしその教えはさまざまな条件を考慮した結果として生まれたもの。その思考の過程を無視して結論だけを金科玉条とすると困ったことになる。ある文章表現にたどり着いたのは、学校で教えられていた事例にはない別の要素を勘案したからかもしれない。こちらも訳文を使い具体的に説明する必要がある。

翻訳者に限らず文章表現に携わる人が「別の表現も可能なのだ」と幅の広い柔軟な考え方をができるようになるには多くの事例を経験しなければならず時間がかかる。しかし相手がそうなるのを待っていては仕事にならない。こちらからの説明は欠かせない。

どのような状況でもサービスを提供する者には説明義務がある。そしてクライアントと対話を重ねることでサービスの質が向上する。

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