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2015.01.12

船に刻む

わかりにくい英文の校正の仕事も漸くにお仕舞いとなった。112ページの契約書には、一文が200語を超えるという事例が頻出した。この商業契約書を作成したランカシャーの弁護士、どうしてこのような文章を作るのかしら。

難解な英文に付き合いながら、わかりにくいのは何故なのか、どうして長くなるのかと、彼の考え方をあれこれ想像した。それは彼の書く英文の特徴を捉え、そこから何らかの法則を見つけようという試みである。

法則がわかれば今回の翻訳が捗るばかりではなく、将来似たような文章に遭遇したときにも役立つ。そう考えると、この仕事が難解な文を延々と翻訳するというものから、別種の面白い発見の作業に変わった。

その文章は一文が非常に長く、内容提示の順番が論理的でないこと、修飾節と修飾されるものとの距離が離れ過ぎていることを前回問題にした(わかりにくい原文)。しかし校正をやり終えて検討しなおしてみると、それ以外にも問題があるように思う(末尾に236語の文例を付すので試していただきたい)。

長い文章はどこにもある。しかし長くなるときにはそれなりの工夫がある。

例えば日本の税法やその下位の政令や施行令など一文がかなり長い。無作為に法人税法施行令第16条第1項第6号を取り出してみると、673字あった。英文なら300語はあるであろう。

これは要件を示す条文であるが、最初に主文を「見込まれていることと」として出し、括弧書きでも「○○の場合には・・・見込まれていることとする」という表現を繰り返し使い、場合分けの文章構造が頭に入るようになっている。

それに対してこのわかりにくい文章では、一文の中にarising(に起因して)、by(により)、for(のため)、in relation to(に関し)、whether(を問わず)などを用いた修飾節や条件節が規則性なく詰め込まれている。そのために各項目の確認がしにくくなっている。長い文章をわかりやすくするには何らか工夫が必要になるのである。

どのような工夫をすると良いのか。それは整理といっても良いし、まとまりという表現もできるし、規則性としても良いかも知れない。

(1)まず箇条書きを使うという方法がある。箇条書きは様々な項目を手短かに明らかにしたいときに便利である。

上記のarising(に起因して)、by(により)、for(のため)、in relation to(に関し)、whether(を問わず)などを箇条書きにするだけで、内容が理解しやすくなるはずである。

(2)また並列を活用すると理解しやすくなる。似たようなものを列挙するときに表現を揃えるのである。法人税法施行令では「見込まれていること」を4回、「○○の場合には」という場合分けの表現を3回使い並列を意識させていた。

それに対してこの契約文では事項列挙に、その発想がなかった。例えば列挙されるものの品詞が揃っていない。あるものについては名詞、別のものは動名詞(この二つの混在はまだ許容できるが)、さらに別のものは不定詞を伴う文節で書かれている。

また思考の長さも揃えられていない。つまり「○○の○○、◎◎の◎◎、△△の△△」とすれば理解しやすいが、「○○の○○、◎◎、△△の△△の△△」というように、あるときには単語が単独で使われ、別のときにはそこに修飾を伴い、さらには複数の修飾がなされるなど、列挙のレベルが違う。

(3)また標準的な英語の構造を活用するということもある。

英語では一文の中で、意味の一まとまりが列車の客車のように連なる。最初に主語と述語の機関車があって、その後に目的語や補語が客車のごとく連なる。長い修飾節、条件節、従属文なども関係代名詞や接続語を連結器として客車になる。最初の主語と述語で大枠は押さえてあり、そのあとに提示する要素が思考の順番になっていれば論理が曖昧になりにくい。

しかし彼の英文は、標準的な英語の構造を無視して、主文が長すぎる。主題を簡潔に提示して、あとは補足に回せば良かったのである。主語を別のものにすれば、ごく普通の連結列車になったはずである。

わかりにくさは文章構造が英語とは異なる日本語に翻訳されときにはさらに増幅される。

日本語では主語を提示した後は、目的語や補語など色々な要素が間に挟まり、最後に述語が来る。主語と述語が離れているので、文章が長くなると最初の主語が何であったか忘れてしまうのである。それが複文になると(主語1(主語2(主語3述語3)述語2)述語1)となり、主語と述語の対応関係をさらに複雑にする。いわばロシアのマトリョーシカ人形のように入れ子になっているのである。

わかりにくい英文を、連結型構造から入れ子型構造に直して日本語にするので、出来上がった文はさらにわかりにくくなる(まあ、それを克服する手段は様々にあるのであるが)。

一つずつ文を見ていると、この弁護士には文章を書いているときに枝葉に目が行ってしまい幹を忘れてしまう傾向のあることが見えてきた。

幹を見るとは、修飾節を外し、或いは条件節を取り除いたときの、主語と述語の対応関係を常に把握しておくということ。それは主文と従属節とがある複文でも同じ。

この人は文章を書いていて、修飾節や条件節を書き出すと関心がそちらに移ってしまい、主文のことを忘れてしまうのではないか。一つの主題を終える前に、次の主題を始めてしまうといっても良い。文章が長くなるのは、そのようなことが原因になっているのではと考えた。

これは方向や方角の把握が不得意な人に似ているかもしれない。方向音痴の人は、場所を記憶するときに動いている車や人に注意が向いてしまい、不動の建物や地形や東西南北を押さえられないと聞いたことがある。それと同じように、文章を作るときの根幹である主語と述語を把握せず、枝葉の修飾節や条件節に注意が移ってしまうのである。

方向音痴の人や、興味が移り一つの文を閉じることができない人は、剣を落として動いている船の縁にその場所を刻んだという中国の故事の人と通うものがあるのかも知れない。

ではどうやって訳すのか。

結局、頭から訳して意味の区切れるところで強制的に文を閉じてしまう、というのが解決法である。強制的というのは原文に表現されてはいないが、書き手の頭の中には想起されているであろう単語を補うということである。曖昧な原文では正確な翻訳はできない。とすればできるだけ明晰にすることを試みるというのが、とるべき道であろう。

以下に236語の文例を付す。

Within one month after the date of any and every permitted assignation transfer grant of a standard security charge sub-lease or tenancy agreement (including any immediate or derivative tenancy agreement of the whole of the Leased Premises) for any term or the Grant of Confirmation or other matter disposing of or affecting the whole or any part of Leased Premises or transfer of title to the same to give or procure to be given to the Landlord and its Managing Agents notice in writing of such disposition or transfer of title with full particulars thereof and also at the same time to produce or cause to be produced to them a certified copy of the document effecting or (as the case may be) evidencing such disposition or other matter and to pay or cause to be paid at the same time to the Landlord and its Managing Agents such reasonable fee (not being less than £XXX plus VAT) appropriate at the time of registration in respect of any such notice perusal of documents and registration affecting the Leased Premises AND PROVIDED THAT in the case of contemporaneous transfer and grant of standard security the fee shall only be payable in one of such matters and failure to do so will make such assignation transfer grant of standard security charge sublease or tenancy agreement voidable at the instance of and pursuant to a notice from the Landlord

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