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March 2017

2017.03.15

括ってから広げる

本を読んでいて議論が込み入ってくると、内容が頭に入りにくくなる。そこで何を言いたいのか理解するため大きな概念で一度括ってみる。例えば方向性を捉えてみるのも一種の括りである。これは上を向いているのか下降しているのかと。

それがわかると先に進みやすくなる。また括りという作業をしていると、同じ概念に属す表現にも様々なものがあることにも気が付く。

読んで理解するだけであればそれで良いが、これを別の言語に移すときには、もう一つ工夫がいる。大きな概念で括るのは良いが、このままにしていると表現が単調になる。そこで今度は表現を広げるのである。

そのときは移し替える先の言語で、どれだけ語彙を持っているかが大切になる。普通は自分の母国語に直すのであるが、そのときは子供のときからどれだけ読書をして自らの詞藻を豊かにしてきたかが問われる。

原文の多様な表現をそのまま訳せば、訳文が痩せることはないのではないかと考えるかもしれない。まあ外国の表現が取り込まれ、その国の言葉が豊かになることもある。ただ舶来のものが馴染むには時間がかかる。

それにどの言語にも特有な表現がある。それを単語の置き換えに終始して翻訳すると、違和感のある文やおかしな文章になってしまう。

日本語であれば、万葉や祝詞の和語からはじまり、長い年月をかけて自国のものになった漢語という資産もある。お母さんが子供に話す優しい響きもある。それを活かさない手はない。

括っただけでは骨組みばかりの文章になるし、逐語訳では妙な文章になる。広がっているものを一度括って、それからもう一度自分の言葉で広げることで訳した文章が生きたものになる。

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2017.03.13

「てにをは」と文章の肥痩

・・・日本語は「てにをは」なしには存在しない言語である。西欧の言葉に訳された自分の詩を読むと、そのことを強く意識する。そこにあるのは確かに自分自身の詩の訳というものなのだが、日本語の原詩と並べてみると、まず例外なしに西欧語訳の方がきびきびした直進性を備えている。・・・

こう書かれたのは大岡信さんである(うたげと孤心)。もう少し大岡さんの言葉を引用する。

・・・「てにをは」の部分の繊細な表情はあらかた姿を隠し、代わりに名詞や動詞の働きの比重が大きくなり、その分だけ詩の骨組み、構造が明確に印象づけられるようになっている。・・・

大岡さんの詩は英語、オランダ語、フランス語、ドイツ語、中国語、スペイン語、マケドニア語に訳されているというが、上の引用はそのような翻訳をご覧になっての実感であろう。

これらのヨーロッパの言葉では名詞、動詞を中心に構造が明確であるとの指摘はそのとおりであるが、日本語では「てにをは」の部分の繊細な表情が大きな役割を果たしているというのは(特に詩歌において、というべきかもしれないが)、指摘されないと気付きにくい。しかし考えるほど、重要な指摘であると思うようになってきた。

この違いが何に由来するかは簡単には答えられないので、一先ず措いて置く。しかしその違いがヨーロッパの言語と日本語との間を往復するときにどのような影響を与えるのかは、ある程度見当がつくかもしれない。それが明らかになれば、翻訳をするとき、さらに広く異文化の橋渡しをするときに役立つ。それを「てにをは」から考えてみることにする。

「てにをは」とは助詞・助動詞・接尾語に用言の語尾を含めた汎称であるという。他言語の後置詞、接続詞に当たるという説明もある。

ヨーロッパの言葉には前置詞があり、その前後の単語との関係を示す点では「てにをは」似ているところがある。ただ「てにをは」と前置詞とでは品詞の役割やカバーする範囲が異なっている。前置詞は多分に機能的なものにとどまるが、「てにをは」は繊細さや情緒性を付加するという機能も併せ持つのである。

ただこれは前置詞が「てにをは」に劣るという話ではない。言語により品詞の区分が異なるし、同じ品詞の単語であってもその指し示す範囲は異なるが、どの言葉でも精妙なものの言い方はできる。名詞や動詞の使い分け、助動詞を活用した仮定法や過去完了、あるいは多様な形容詞や副詞を使うなどの工夫で、どの言語でもどのような表現も可能であろう。

大切なのは、各言語による品詞区分や役割の違いを十分理解したうえで翻訳をするということ。

その工夫を示せば
(1)同じ品詞であっても違う表現を使う
(2)品詞変更。動詞の名詞化、形容詞の動詞化、名詞の形容詞化など
(3)原文にない表現を付加する
(4)原文にある表現を取り除く
(5)表現の順番を変える
(6)文章の構造を変える
など様々なことが考えられる。

「てにをは」については、単なる前置詞的な機能のほかに情緒性も含まれているが、ヨーロッパの言語にその両方を含む品詞が存在しないとしたら、それを翻訳するときにはいくつかの品詞に分けて表現するなどの工夫が必要になる。

以上のことを念頭に置いて、外国語に翻訳された大岡さんの詩に対する彼自身の印象ついて考えてみる。大岡さんは次のような印象を持たれた。

・例外なしに西欧語訳の方がきびきびした直進性を備えている。
・名詞や動詞の働きの比重が大きくなり、その分だけ詩の骨組み、構造が明確に印象づけられる。

そのような印象は、言語による違いなのか、それとも翻訳により形成されたものなのか。その翻訳において、上に述べた「てにをは」の情緒性付加の機能はどこまで理解され、訳された詩にどれだけ反映されていたのであろうか。これは大岡さんの詩に限らず、日本の詩歌の翻訳全般について当てはまる問題である。

このような疑問を持つようになったのは自分で翻訳をするようになってからである。正確でありながら、無味乾燥とならず自然で情緒を喚起できるような表現力をどのようにして身につけられるかと悩んでいる。それは外国人の翻訳者も同じではないのか。

特に言語表現の精髄ともいえる詩歌、それも外国語(日本語)の詩歌を外国人が母国語に翻訳するときに、日本語の「てにをは」に含まれる情緒性をどれだけ表現しえているのかと疑問になった。外国語にするときにそのような困難は乗り越えられているのか。

例として、以下に大岡さんの「折々のうた」を長いこと英語に訳されているジャニーン・バイチマンさんが、太田垣蓮月の和歌をお訳しになったものを引用させていただく(大岡信ことば館のホームページに掲載)。

  山里は松の声のみききなれて風ふかぬ日は寂しかりけり

  は

  In the mountain village
  my ears know only
  the voice of the pines -
   windless days
  are lonely

  と訳されている。

訳されたものはダッシュで区切られた2つの文章からなり、西洋の詩のように文の途中で改行されている。体裁は和歌を区切って書くやり方と通うものがある。英訳は簡潔で骨組みが確実に訳されている。大岡さんがご覧になったのも、これに似た、「てにおは」に含まれる情緒性を捨象した骨組みだけであったのではないか。それが「きびきびした直進性」と感じられたのではないか。今はそう考えている。

細かく見ていくと「風ふかぬ日は寂しかりけり」の部分が「windless days are lonely」と訳されている。日本語では「寂し」「寂しかり」「寂しかりけり」では表情が違ってくる。英訳はこのような日本語の差をどのように捉えたのであろうか。詠嘆は訳出されているのか。正直なことを言えば、そこに何らかの情緒を加える表現を追加してもいいのではないかと感じるのである。

このような翻訳が生まれるのは、「てにをは」がない国の人にはそれがわかりづらいうえに、情緒や詠嘆の表現の難しさが加わって、文の論理を正確に訳すことに注力したからかもしれない。

しかしそれでは翻訳されたものが痩せてしまう。翻訳は原語の骨格に忠実というところに留まらず、ときには自国の言語にある表現を使い、訳者の解釈を大胆に示してもいいかもしれない。原文の論理を忠実に写し取っただけでは、翻訳を重ねるほどに原文の豊かな意味が失われていくことになる。解釈を誤ることもあるので冒険でもあるが、文章を豊かなものにするために賭けてみる価値があろう。それは自らの責任の取り方でもある。

以上はヨーロッパの言語を母国語としない者の感じたことである。間違っているかもしれない。どこの言語にもその言語環境で育った者にしか理解できないものがある。その言語で育った人に何事かを想起させる独特の表現がある。原文の意味は訳文の雰囲気の中に織り込まれ、この表現で十分なのかもしれない。

訳しているときには常に自問している。果たしてこの表現の背後にある雰囲気なり歴史風土社会を自分は本当に把握しているのかと。謙虚にそれを一つひとつ確認していくことで訳文は豊かになっていく。「てにをは」を外国語に移すことに関していえば、それは主としてその国の言葉を母国語とする人の仕事であろうが、論理的なつながりを訳すだけではなく、失敗を恐れることなくそこに込められた情緒を表現してみてくださいとお願いしたい。

(大岡さんの著作を読むようになったのは20代半ば以降であるが、母校の先輩として存じ上げていた。母校での講演にみえた大岡さんと応接でお話をした覚えがある。そんなこともあって近しい気持ちで、書かれたものを読み返している。)

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