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2008.02.08

人が動き仕事が動く

シェルブールの広い工場団地の一角で、敷地の周囲にたくさんの白いTシャツを廻らせている工場がある。シャツには労働者の訴えるスローガンが色々書かれている。隣のシルヴァンと話をしていたら、この工場は彼の勤め先であった。ここはカリフォルニアに本社のある電子機器受託製造の大手の工場であるが、3月に閉鎖するという。Tシャツが翻っているのはそのためである。

そのあとここの仕事はどうなるのかと尋ねると、会社は生産をハンガリーとタイに移すという。そうか、ここもそうなのか。昔ながらと見えるコタンタンにも世界の動きが及んでいる。昨年の今頃シルヴァンとリンダは会社の福利厚生で初めてのスキーを楽しんでいたのであるが。

今、どの国でも多くの仕事が低賃金の国に移動している。シルヴァンの会社のように大企業が先進国にある工場を閉鎖する。中小企業が発展途上国との価格競争に敗れ操業を停止せざるを得なくなる。先進国の普通の企業に働く者が、突然自分の仕事を失う可能性がある。世界は大きく変わりつつある。

あれこれ考えているうちに幾つのことが見えてきた。まず移動するものが変わってきている。

(これまでは人が動いた)
従来は仕事を求めて人が動いてきた。昔の集団就職、今ならブラジルや東南アジアから来て日本の工場で働く人たち、ひところ話題になったフィリピンからの歌姫たちもそうである。

ヨーロッパなら、昔スペインから多くの人がお手伝いさんとして英仏に来ていたし、ドイツで求めたトルコのガストアルバイターも然り。今なら新たにEUに加盟した東欧からの出稼ぎや、ムスリムの人々がいる。

(今は仕事が動く)
それが最近では仕事の方が、賃金の安い所を求めて動いている。昔も植民地に工場を作ることがなかったわけではないが、それは安い労働力だけではなく原材料がその近くにあったことが主たる原因であったろう。現在の仕事の移転は主として賃金(労働の質には留意せねばならないが)によるもので、歴史的に見れば新しい傾向である。

ではなぜそれが可能になったのか。輸送手段・通信手段が発達し、物も情報も昔と比較にならないほど簡単にやり取りできるようになったからである。仕事を原材料のある所でする必要は無くなる。発達した通信手段を使って在宅勤務をするのも同じこと。

次に、移動するものを人と仕事の2つと捉えたときに、両方とも移動は一方通行になる性質がある。移動は両方向に平等なのではない。

(人の移動の不可逆性)
まず人の動き。これは貧しい所から富める所へ、田舎から都会へ、発展途上国から先進国へという流れが主で、逆には動きにくい。人は生活水準が高く社会制度の整った環境に移るのである。

出稼ぎというが、故郷に錦を飾るということにはなかなかならない。父は信濃の国を出て、うからやからの集う傍陽に戻ると常に言いながら、結局そのようなことにはならなかった。これは英国のことだが、そこには旧植民地からの移住者が多い。しかし移住すれば英国に帰属意識を持つことになる。故国パキスタンに戻ったものの再び英国に戻ってきた人の話をラジオで聞いたばかりである。

まして既に豊かな国や環境に慣れた者が、好んで辺鄙なところに移住するということは余りない(開拓移民もいずれ豊かな将来があると思えばこその話である)。収入が少ないので物価の安い所に移れるかといえば、そうはいかない。社会の制度の整った富める国から貧しい国へ人が動くことはできないのである。人は物と違う。

言葉が違えば尚更のこと。富める国に移住するのであれば必死で言葉も覚えるが、条件の悪くなるのにわざわざ言葉まで覚えようというのは余程の事情がないと人はしない。人は豊かさを求める方向に動くだけなのである。

(仕事の移動の不可逆性)
それでは仕事の方はどうか。仕事の移転はその昔、雑貨や繊維製品や家具といった軽工業で始まり、今ではほとんどの製造業が発展途上国に出ている。かなり高度の電子機器も海外で生産されている。製造業ばかりではなく、システムの仕事、コールセンターなどのサービスの仕事も海外に移っている。労働を細分化し充分な管理をすれば、かなりの仕事を移転できるのである。

仕事が移転するのは安価な労働力を求めることが原因である。従って仕事は賃金の高い国から賃金の安い国へと流れ、逆に低賃金の所から高賃金の国へという動きはあり得ない。

(富める国に残る仕事)
裏から見れば先進国から移転しない仕事もある。それは何か。先進国に残るのは、高度の知識や技能を必要とする仕事(法曹、医療、各種先端技術等)と、行政や経営管理である(現実には人事、総務など事務の仕事も海外に動いている)。

そしてもう一つ残るのものがある。高度ではないが生活を維持するのに必要な基本的なサービス、例えば運輸交通機関、土木作業、流通、介護、清掃その他単純労働である。

理解のために極端化すれば、富める国に残る仕事は高度の専門性を要求される仕事か単純労働だけになる。

(驚くべき結論)
アメリカと日本は国民総生産が世界第1位、第2位の国である。しかし貧困層を国民の平均所得の2分の1の所得以下と定義したときに、OECDの発表ではその貧困層の多さでも、アメリカが13.7%、日本が13.5%と同じように第1位と第2位となるという。

働く貧困層の問題を取り上げたNHKの番組では、これを豊かな国の皮肉な状況としていたが、本当に皮肉の現象なのか。実は必然なのである。富んだ国では貧困層が必然的に増えるのである。なぜそうなるのかを検証してみる。

富める国では給与水準が高いという事実に着目してみる。すると何が起きるか。

(仕事の流出)
まず富める国の企業は高い人件費を引き下げるために、仕事を人件費の安い国に移転させる。移転できるものは製造業、サービス業など何であれ移転しようとする。そのような仕事はごく普通の技量があればこなせるもので、貧しい国でも大差ないものを生産したり、サービスとして提供できるものである。従来その国の中間層を形成する人々が担っていたものである。

(中間の失職者の動き)
富める国で仕事からあぶれた人はどうなるのか。中間層を形成していた人々は、専門性を要求される仕事に就くことはできない。仕事を追って貧しい国に移住することもあり得ない。残るのは社会を維持するための単純労働となる。所得が下がっても単純労働をするしかないのである。

(安い労働力の流入)
そしてそこに、相対的に高い給与を求めて貧しい国から人々が流入するという事態が加わる。単純労働の賃金は流入する人々の低賃金により更に押し下げられる。そのために働く貧困層が増えているのである。

豊かな国であるのに貧困層が増えるのではなく、豊かな国であるからこそ(中間の仕事が流出し、安価な労働力が流入して)貧困層が増える。これに気が付いたとき愕然とした。

なお、貧困層の割合が多くなれば、富裕層だけの平均所得は益々高くなる。わかりやすくするため、人々を単純化して富裕層と貧困層の2つに分ける。全体の平均所得とは富裕層と貧困層の所得を合わせた平均であるが、貧困層の割合が多くなれば、富裕層だけの平均所得は益々高くなる。つまり較差が大きくなるのである(全体の所得が同じでも、10人のうち1人が貧困のときと2人が貧困のときでは、残りの富裕層だけの平均所得は9人のときより8人のときの方が高くなる)。これは富める国でも貧しい国でも同様に当てはまる。

ではその中で我々はどうすべきなのか、政府はどのような施策をとるべきなのか、豊かな国とは何なのか。世界中が相互に影響し合う時代状況の中でもう少し考えることにする。

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Comments

柳絮さん

はじめてコメントを書き込みます。アクです。

この分析は的確であるだけに、先進国にとって悲観的な未来を予言することになります。

私は「高度の専門性を要求される仕事」の継続的な創出と、それに向けての職業訓練の画期的な充実が大事だと考えるのですがどうでしょうか。その前段階として教育のレベルアップを図ることはもちろんですが。

北欧先進国はいいモデルになりませんか。

Posted by: アク | 2008.02.10 at 09:29 AM

アクさん

ご意見を有難うございました。

大きく眺めれば、人が動き仕事が動くのは、水が低きに流れるようなものでしょうね。自由な流れを止めていた堰や水門が取り除かれると、最終的には水位が等しくなります。貧しかった国の人々の賃金水準は上がり、その分富んだ国の賃金は下がるのです。

日本を含め富める国で働く貧困層の問題が深刻になっていますが、低賃金は単純労働だけではなくいずれ国全体に及びましょう。つまり正規雇用者の給与水準も下がるし、公務員も影響を受けます(自治体の中には知事以下給与を下げたところがあると聞きました)。いずれ年金にも影響が出てくることでしょう。

厳しい事実に対してどうすべきか。個人の対応、国や社会の対応、その根底にあるものの考え方を、この次に書いて見るつもりでいます。その中でお書き下さった仕事の創出は大切な論点になります。刺激をいただき感謝しています。

Posted by: 柳絮 | 2008.02.10 at 08:05 PM

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