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December 2008

2008.12.31

無一物中無尽蔵

Iさんから「一年の御挨拶」を嬉しく読ませていただきましたとご返事をいただいた。充実した一年にとても嬉しく安堵した思いに満たされ、何時の間にか保護者のような気分になっているとも書いて下さった。

Iさんにはエルダーホステルで英国を訪問された時にお目にかかり、その後お便りを遣り取りさせていただくようになった。彼女のこの一年の大きな出来事は、自分達のお墓が完成したことという。

形あるものは残したくない。遺骨は散骨で、風の運ぶままに自然に戻れればいい。と何の迷いもなくずっと思っていたのに、古稀を過ぎた頃から少しずつ心の中に変化が起こって来ていたようです。ある時ふと目にした「海を望む美しい墓地 まず見学しませんか」の霊園案内に何だかふわっと乗るような感じで夫を誘って出かけました。

六甲山の麓、緩やかの南東斜面に広がっていて、遥か前方に海が望めました。開放的な明るさそして心地よい風が優しく全身を包むようでした。二度三度訪れてみて、その時いつも優しい風が体を包むように吹いていてそれが決め手となって墓地を購入しました。今から三年前のことです。そして墓碑銘を決めるのに三年かかりました。

「無一物中無尽蔵」 父が晩年好んで書いていた中国宋の時代の思想家東坡の言葉です。なぜ父がその言葉を好んだのか聞かなかったのが残念ですが、私流に聖書の中にある「真理は汝に自由を得さすべし」と同じような事ではないかと思っています。ずっと以前父が私に書いていてくれたのを私はすっかり忘れていました。それを夫が出してきてこれに決めようと言ったのです。

それは私たちが決めていた横長の墓石に過不足なくいいバランスで収まり父の字をそのまま彫ることができました。大好きな父の字が墓碑銘になったこと。もうそれだけで嬉しくいいお墓だと満足しています。全て自然に決められていたように整い、その時がこなければ物事は整わないのではないかといった思いさえしています。柳沢さんの書いていらした「時間とは生命のこと」、これも私流に結びつけてそうだと思っています。

またまた長くなってしまいました。どうぞお元気で新しい年をお迎え下さい。

Iさま

ご返事と近況のお知らせを有難う御座いました。保護者のような気分とのお気持ちを嬉しくいただきました。新しい叔母様ができたような感じです。

お墓のこと、とても良かったですね。私はそれを考えるには少し若いのかもしれませんが、何となくご心境の変化を理解できるような気がします。私にも心境の変化があったからです。

それは「自分で何でもできる」から「自分の力でどうにもならないものがある」への変化です。そのことを一年の御挨拶では歎異抄の言葉を借りて自力作善からの転換と書きました。若いときは理知的に考え、自己の力を信じすぎるところがありますが、そもそもどこに生まれるか、どの時代に生まれるかから始まって、自分の力の及ばないことが色々あるのです(ただ自分の力を過信するからと言って、それを傲慢、無知と言ってはいけないのでしょう。若いときと年を経てからでは感じ方が異なるというだけのことです)。

今のところお墓については、Iさまの従来のお考えと同じです。死んだらそれまでと思っています。しかしそのような考えは、Iさまと同じように先になって変わるかもしれませんね。

お二人で相談してお選びになった「無一物中無尽蔵」という墓碑に刻む銘も、そうなのだと心に響きました。英語ならLess is Moreという表現がありますし、つくばいに吾唯足るを知ると書かれてあるのも、壺中天のお話も、同じ趣旨でしょう。物がないのは貧しいことではなく、それにより制約がなくなり心身の自由度が増すことであると思っています。

机の上に野の花の一輪を挿して置けば、そこから限りない喜びを得ることができます。たくさんの豪華な花を飾る必要はありません。むしろ一つの花への敬意を表すべきかもしれませんね。

ただ物がなければ心が広くなるということを理解し実践するには、実力が要ります。物がないときそれを知恵と工夫で乗り越えられるか、与えられた或いは変化する状況に柔軟に対処できるかは、それぞれの能力の問題でしょうね。それができない人は物に頼り、ついにはそれに呪縛されることになるのです。

さらに、状況に柔軟に対処した上で、そこから尽きない喜びを引き出すのには、一段と高い次元の力が要ります。お選びになった言葉には、そのような考えが籠められていると思っています(ただ、できない人もいる、それにも事情があるかもしれないという配慮を欠いて、できない人を批判することも戒めなければなりませんが)。

このような遣り取りをさせていただく間に、Iさまの良く整った文章から滲み出すお人柄や、ある種の香気のようなものに惹かれることが何度もありました。今回お父様の好まれた言葉を石に刻んだというお話を伺い、その一端が理解されたような気がしました。

どうぞお二人とも健康に留意され良い年をお迎え下さいますよう。

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2008.12.29

オフィスの心理学

ドックランドには金融機関やその監督官庁や会計事務所が集中している。高給のホワイトカラーが集まるビジネス街である。高層ビルの上はオフィスとなり、1階や地下階はショッピング街となっている。売られているのはそこで働く富裕な人々を反映して、高級乗用車、不動産、ブランド衣料、宝飾品、鞄、コンピューターや携帯端末その他の電気製品等である。富める消費社会の典型である(直近の金融収縮の影響は受けているであろうが)。

ところが歩いているうちに気が付いたことがある。カードを売る店が極めて多いのである。売られているのは誕生祝い、結婚祝い、病気見舞いその他、どの店もほぼ同じである。ただ店の数が異常というくらい多い。

おや面白い。

普通カードを買うのは女性の方が多い。店が多いという事実から、ドックランドのオフィス勤めの女性たちが盛んにカードをやり取りをしていることまでは容易に推測がつく。

しかしこれはどういうことなのか。好奇心を刺激される。ここから人間の行動様式の一端が明らかになりそうである。カードを送る相手は誰であり、その目的は何か、どのような心理に基づいているのか。

本当の所はカードショップでの観察を続けるか、購入者にアンケートでもしなければわからない。しかしカードは家族親族に送られるよりも、職場の同僚の間でやり取りされるのが多いのではなかろうか。あくまで推測であるが、外れていないと思っている。ではそれは何故なのか。

日本のオフィスで若いお嬢さんたちが、今日のお昼に誰も誘ってくれず取り残されたらどうしようと心配している、と聞いたことがある。それに近い心理がカードの遣り取りにも反映しているような気がする。皆が常にカードを送り合う中で、それをしないと仲間から疎外されるかもしれないと心配しているのである。

各自がそれぞれに違いそれで一向に困らない田舎の人と違い、都市部の多かれ少なかれ均質な勤め人には、ある種の不安心理が潜んでいて、それがカードショップ隆盛の一因ではないか。これらの店を観察しながら考えたことである。

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2008.12.26

貰い損ね

職場にはかつて初めて海外に出る者に支度金を支給する制度があった。旅券の準備やスーツケースやその他の臨時費用の足しにという趣旨である。その当時はある研究所に出向していて2年目に修学旅行をさせてもらうことになった。そこで人事部に行ってその支度金の申請をした。

人事部で各種手当の仕事をしていたのは、いわきの出身で朴訥な人柄のAさんであった。彼は独身寮の寮長でもあったが「君は出向中だが、戻ってくればまた外に出る機会は幾らでもあるよ。支給は本体に戻ってそのような機会ができたときにしようよ」と言われた。

何か手続的に面倒なことがあると説明されたような気もする。本体在籍中の支給なら簡単だが、外に出ているときには出向先と本体との給与の差額調整やそれに絡む所得税の計算に支給額が影響するということであったのかもしれない。ともあれ、そんなものかと了承して次回にこの支度金を申請することにした。

しかし、そのうちに急激な海外展開で多くの人が外に出るようになり、経費削減もあってか、海外に行く者に対する支度金支給制度はなくなってしまい、結局その恩恵に浴することはなかった。貰い損ねたのである。

この経験を、組織と個人について考えるようになって思い出すようになった。両者の関係のある側面をうまく示した例のような気がしたのであるが、それが何かはよくわからなかった。

振り返ってみると、Aさんにも自分にも組織なり制度についてのある認識が欠けていたのである。「わが巨人軍は永久に不滅です」の信奉者で、組織や制度が永続するように思い込んでいた。世の中の動きにつれそれが変わり得るということが見えていなかったのである。

そうと知っていれば、先延ばしにせずすぐに利用したであろうが、そのときはそれほどの知恵がなかった。組織や制度も世の中の人々の便宜で作られたもの、変更も十分あると覚悟して、自分との関係を冷静に見極めて行動することが大切なのかな。いやどうも自分には滅私奉公はできないようである。

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2008.12.24

喜びは

今一番嬉しいことは何かと問われれば、冬至を過ぎて日が少しずつ長くなっていくことと答えよう。既に新しい葉を出し始めた土手のサクラソウがいつ開花するか毎日の散歩の途中で眺めているが、その楽しみも季節が巡ることによって始めて味わうことができる。

四季の移ろいは地球が太陽の周りを1年かけて公転するという極めて即物的な事象に由来している。小学校の理科のおさらいであるが、何と不思議なことか。それがサクラソウに影響し、地上に生きとし生ける物の営みに影響している。あの人この人も、我が身もこの球体の上に乗ってお日様の周りを何十回か巡ることになる。

そのことに子供に還った如くに新鮮な驚きを感じている。何故そう感ずるのかを思索するのは興味あることともいえるが、そのような詮議も無用かもしれない。ただひたすらに不思議なこと、それでいいではないか。

さてこれからちょうど半年間、日々陽光が長くなっていく中に身を置くことができるのは無上の喜びである。それ以外に何があろうか。

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2008.12.03

大いなる旅

フランシス・ペレの所で縦横の笛にガンバと鍵盤で合わせた。その後の食事のとき、久し振りにこんな話題を供した。

我々が今ここにいるのは父母のお陰で、両親は最も近いご先祖になる。2世代前なら両方の祖父母で4人のご先祖がいることになる。その前なら8人。では10世代、1世代を30年とすれば300年前まで遡ると何人のご先祖がいることになるのかしら。

答は2の10乗で1,024人になる。

更には600年前ならどうなると思う。2の20乗、つまり1,024×1,024でおよそ百万人になる。900年前なら2の30乗で10億人になる(正確には血縁者同士の結婚があればその数は少なくなるが)。

しかし900年前の人口は世界全体で10億人もいなかったし、遠隔の地の人との婚姻は今よりも限定されていたであろうから、結局皆どこかでつながっていることになるんだよと。

そう話すと大概の人は、最初はへえという顔をして、それから納得の表情に変わる。「世界人類は皆兄弟」とはかつて笹川氏の唱えた標語であるが、現生の人類の祖先がアフリカを出て世界各地に大いなる旅を始めた頃にまで遡れば、人々は祖先を共有している。

ところで昔は遠隔の地の人との婚姻が本当になかったのであろうか。こういう事実もある。

スウェーデンのゴッドランド島は、同国最大の島でヴァイキングの根拠地であったが、そこの紀元700年頃の貴族の墓が発掘調査された。そしてDNA分析の結果、埋葬されていた人骨11体の内、完全なコーカソイド系とされた人骨が4体、1体は完全な東アジア系のモンゴロイド、6体はコーカソイドとモンゴロイドとの混血と判定された。

1300年も昔に異民族・異人種との交流があった。完全な東アジア系のモンゴロイドとされた人物は、6人の混血の子供たちの片親であろうか。この人物はどうやってヴァイキングと生活することになったのか。どのような理由で貴族として埋葬されたのか。その人物が女性なら美貌で拐され貴族と結婚したのか、男なら大胆な冒険者でその力量をヴァイキングの中でも認められたのか。想像は様々に膨らむ。

人類は長い歴史の中で大きな旅をしながら世界各地に散開し、また個人もはるか昔から長距離を動いている。人間の行動半径の大きさ、そして生きていることの不思議。

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