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May 2009

2009.05.24

同じ村に

ブルーノに久しぶりに会った。村の中心部にあるキャロルの所に厄介になっていたときの、壁を隔てたお隣さんである。

兄さんがシェルブールにいるが、元々はノルマンディーの産ではない。キャロルの家の隣を求めて、この村に来たのは3年ほど前のこと。中年の独り者の石工で、14歳になるお嬢さんがいる。

普段は周辺の歴史的な建物の修復の仕事をし、休みの時に自分の小さな家を独力で少しずつ直しているが、まだ住める状態ではなく、北側に仮の家を作りそこで暮らしている。

彼の隣人であったときには、時々招いて話をした。道を隔てたジャネットと話すくらいで、あまり近所と付き合うこともなく、俺はここでは外国人のようだと言う。

こちらが納屋に移るというとき、彼は暖房がなくては大変だろうと電熱ヒーターを貸そう言ってくれたことがある。自分も石壁だけの家で冬を過ごしたからよくわかると言う。その好意を謝したことがあった。

そのブルーノの家の電気が止められたと聞いたのは数日前のこと。仮の家の電力契約は2年になっているらしく、それを過ぎてもまだ本来の家が出来上がらず、工事用ということで引いている仮設電力契約が終了したというのである。それだけではなく経済的事情があるかもしれない。

今度はこちらの番である。電気がなくて何かと不便だろうから、洗物やシャワーなど必要があればこちらのものを使ってくれと言った。

話をしているうちに、ブルーノは当方を家に招じ入れ、中を見せてくれる。屋根と壁の外側は雨風を凌ぐまでになったが、内部はまだ骨組の梁を少しずつ作っているところ。床は出来上がっておらず土のまま。トイレは依然ポータブルで、毎日近くの公衆便所に持っていく。

ブルーノはここが自分の最後の家だという。幾つになるのかと尋ねると、51歳になると言う。そうか、それならそうであろう。

ブルーノに言った。我々は互いに縁あってこの同じ村に住んでいる。ここで外国人のように感じるというが、どのような生まれであり、育ちであろうとも、同じ人間であることに変わりはない。どこの生まれであるか、どのような言葉を話すかも関係ない。できる範囲で手助けをし仲良くすればそれで良い。それ以上には何もいらない。

意は彼に通じた。こちらもある種の充たされた感じをもらった。

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2009.05.06

小さな世界

6次の隔たりについての番組を見る。順番に知り合いの知り合いを手繰っていくと、世界のどの人とも6人を介して繋がることができるという話である。これはアメリカの心理学者ミルグラムの説として聞いていたが、世界はすべて繋がっているという主張はある種の連帯感を与えるもので、世の中で広く受け入れられるのも頷ける。しかし彼の実験の成功率は極めて低かったことが後に判明して(伝達の途中で放置する人が多数いるのであろう)、その主張は学問の世界の都市伝説という学者もいる。

番組では、この6次の隔たりの話だけではなく、ネットワークを解明しようとしたスティーブン・ストロガッツ、ダンカン・ワッツ、アルバート・ラズロ・バラバシといった数学者たちが紹介されている。初め純粋に好奇心で行なわれ何の役に立つかわからなかった研究が数学的にまとめられ、やがてその実用価値が明らかになる。電力供給ネットワーク、航空機の路線、インターネットのつながり、人間の社会活動、動物や昆虫の行動、遺伝子病の解明、さらにはゲームにも応用される。

興味深いのはネットワークの構成要員の特性分布である。番組ではインターネットのホームページのリンク数を調べた学者を紹介していた。大多数の人のホームページのリンク数は限られているが、ごく一部の人が非常に多数のリンクを持っているのである。確かにその通り。これは飛行機の路線でも同じ。路線の余りないローカル空港が多数ある一方で、少数の国際的大空港があるのと同じである。このような特性分布は分子でも動物でも変わらない。

人脈も同じであるが、強力なネットワークはドラえもんの「どこでもドア」のようなもの。それがなければ幾つもの関係を手繰っていかねばならないのに、それを介して誰とでも一瞬にして繋がることができる。田舎の閉鎖されているような村でも、風変わりな繋がりを有している隣人がいれば、その隣人を介して一気に世界の風を呼び込むことができる。それは実は昔も今も変わらないであろう。何と愉快なことか。

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