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2009.06.07

個性

毎日朝と夕に外を歩く。青空の下の強い日差しを受け、野の緑は力強く繁茂し、樹々の下は色濃い影をなしている。日数は限られてきたがもう少しの間これを楽しんでおく。

共に歩く犬たちは、それぞれ違う行動をする。プルートはさっさと先に行き、ミドリは周りの匂いを嗅ぎながら道草をし、間に立つこちらが往生する。ブリタニースパニエルとラブラドールという犬種の違いか、オスとメスの違いか、そして個体の違いか。それが個性か。

個性の違いは何に由来するのか。そしてそもそも個性をどう考えたらよいのか。

それで思い出した。ミツメムレツクリというテントウムシを大きくしたようなロボットを。随分昔に東工大のロボット工学の森正弘氏がテレビで紹介していたのを見たことがある。

このロボットは3つの目で他の同型ロボットとの位置を測り、お互いに衝突を避けて動き回るが、何台も同時に動かすと列を成すようになる。

ところが興味深いことに、いつも最前部になるロボット、最後尾になるロボットが決まっていると森先生は話していた。同型ながら部品や組み立て時の僅かな差が関係しているという。

これを知ったとき実に面白いと思った。同じように見えても、作りのわずかの差が行動の差となって出てくる。十把一からげにはできない。

ミツメムレツクリの話は、同じように作られたものでも個性が出るが、その個性がごくわずかの違いに由来する可能性を示している。それは人工物に限らず、犬や人間の行動が異なる原因でもあるかもしれない。

では我々は個性をどう考えるか。それだけで明らかにならないときには、対比して考えてみる。個性を考えるときには集団と対比して見る。

個を集団と対比すると、どちらを重視するかという選択が出てくる。個を重んずるなら、各自の持つものを尊重し、その才能を伸ばそうという考えに進んでいく。集団を優先すれば、共通性なりある種の画一性が必要になる。

人により、社会により、時代により見方は違ってくる。状況により強調するものが変わる。他者と異なるという客観的な事実も、あるときには個性的と積極的に評価するし、別のときには変わり者と否定的に見ることもある。

若いときに職場で同じ部の別の課長から、お前は変わっているという噂があるが、この職業で変わっているとの風評が立つのは身のためにならないと言われたことがある。これは画一性優先の例である。

いずれが正しいとも断定はできない。どちらを優先するかは最終的にはその人の選択である。ただ少なくとも、両方の視点を持っていることが幅につながる。

しかしその先にもう一つ何かがあるような気がする。仮に個性を尊重したとしても、その個性を超えた普遍性を考える段階があるのではないか。といっても、集団優先の画一主義に戻るのではない。

では個性を超えた普遍性とは何か。緑の中を歩きながら「同じで違い、違って同じ」とおまじないのように繰り返してみる。

それは結局のところ同じ人間としての感覚ではなかろうか。オバマ氏のカイロでの演説は多くの人々の心を動かしたようであるが、そこでも同じ人間として感覚に訴えていた。

この感覚をさらに拡大すれば、この地上に生を享け息をしている生命すべてに対する感覚になるのではないか。

さて一回りし終えてまた画面に向かう。

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