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2015.10.01

同じで違う 違っても同じ

同じで違うとは個性の尊重、違って同じとは普遍への志向である。

まず、同じで違うというとき、そこに具体的な言葉を当てはめてみる。「Aという点では同じだがXでは違う」というように。たくさんの事例が集まったら、Aとされたものの属性を考える。同じようにXについても属性を考える。一般にAに入る概念はXに入る概念よりも指し示すものが広くなる。逆にXの方が指し示すものは狭い。

次に、違って同じについても、どんな言葉が入るかを考えて「Yでは違うがBでは同じ」というものをたくさん作って見る。さてYの属性、Bの属性はどのようなものになったか。このときには概念の広狭は前のときとは逆になるであろう。

準備ができたら同じで違う、違っても同じを図式化してみる。

A・・・X        同じで違う
    Y・・・B       違って同じ

さあ、XとYを比較するとどうなるか。個別の事情は様々であるが、具体的という属性は共通している。これはひとまずそのままにしておこう。

その上でさらに問いかけをしてみる、AとBとは似ているかと。ここが一番の眼目。形式論理では抽象的という属性で共通すると言えるかもしれない。しかし人間社会についてこれを当てはめると、AとBとは質的に違っているような気がする。Aに出てくる言葉なり概念とBに出てくるものとは、次元が異なるといったらいいであろうか。

世の中に見られる様々な主張は以上の変奏であることが多い(尤も、単に「Aだ」というだけの議論にならない言明も多いが)。抽象度を上げれば同一となるものが増えるし、それを下げて個別具体にすれば含まれるものが少なくなる。よろず相談で人に気付いてもらうときにも使える。しかし政治家もこれを無意識に使うことがあり、こちらは注意が必要になる。

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