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2017.11.24

生きることが仕事

しばらく父のところにいた。今年2回目。1万キロ先から来るのは手間であるが、子として世代としての当然のお役目。父は来月には94歳となる。前に書いたが6年前に母が亡くなってから一人暮らしをしている。「死にそうになればわかるが、まだそんな気はしない。そのときは電話する。今は来る必要はないし来られても困る。2年したら裏の老人ホームに引っ越すのでそのときお前たちがここに住むように。」との仰せ。

とはいえ高齢者のこと故に来ればすべきことは多々ある。今回は家の庭や外回りの手入れ、人に頼みにくい細々としたこと、古い荷物の整理もする。父の指示に従いあれこれを片付ける。古道具は業者に見せても一文にもならず、市の粗大ごみ処理場や廃品回収業者のところに持ち込み費用を払って処分する。それがご時世。人々が必要とするモノも移り変わる。大概の品物は消滅し、各人の記憶に留まるのみとなり、その記憶もその人が世を去れば失せる。

相続の話もする。今の住まいや財産のことよりも、思い入れのある父の故郷の土地や山林の話を拝聴する。固い岩同士がぶつかり合うようであった父子が淡々と書類の引継ぎをする。それは無言の和解かもしれない。

父は両手に杖を突くような状態でありながら車を運転し、月水金土曜日の日中はデイケアに出かけ、火木には弁当を持参して碁を打ちに行く。数か月前の運転免許更新時の認知機能検査でAであったと自慢していた。夜は手慰みの株のためではあるが経済の解説を聞いてメモをしている。買い物も炊事洗濯も自分でする。

父曰く、先月25日に近くの郵便局の入口でよろめき手すりを掴んだところ、その手すりが外れて転倒した。背中から落ちたがとっさに柔道の受け身で難を逃れ、職員や周りにいた人が助けてくれた。あざはしばらく残ったが人工股関節や膝に別条がなくて何よりだった。郵便局長が何度も訪ねてくれ、地域の各郵便局に施設の再点検をするよう通達も出されたそうだ。

この年齢になれば生きていくことが仕事。母が亡くなってから

 独り居はこのことかなと知るたびに
 老いしこの身を励まして生く

という歌を詠んでいるがそれから数年にして尚斯くのごとし。百まではいけるかもしれんという。その強靭な意思と生命力。

しかし父が自分で予定しているほどの時間的余裕はないであろう。実際のところ極めて限られている。当方の遊行も終わりにして店じまいをする時期が近付いている。

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