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2017.11.14

鈴木石見

「永夜茗談」は編者不明であるが、戦国から江戸初期の武将の逸話を集めたもので、そこには我々の祖先の気構えや倫理そして寛仁大度が写し取られていて心地よい。内容は実記であると見られているが、その文遣いは江戸中期には既に古体と感ぜられたという。

そこに記録されている一つの挿話を古体を残しつつ少し書きなおして以下に掲げる。この話は「名将言行録」であったかどこかで読んだ記憶があるが、この「永夜茗談」では能狂言に残る物言い、さらには平家物語などに遡る古い趣を残した表現で書かれている。読んでいるとそのような武者の声音が耳朶に響いてくるような気がする。

鈴木石見と云ふ者は権現様から水戸中納言殿へ御附けなされ候隠れ無き武辺の者である。或る時石見が水戸殿の刀を持ち、御城大広間の溜の間に在りしが、伊達正宗も其所に居られしかば、石見は目を放ちしかと正宗を見る。

それ故正宗も不審に思い石見に謂いて曰く、「其の方我等を目を放さず見られ候。いか様の事に左程見候や。其方は何者ぞ。」

問われて石見答へけるは、「我等が事は聞きも及ばれ候べし、水戸殿の内に鈴木石見とて隠れなき者にて候。御自分(正宗)の事、音には聞きしかど見る事は今が始めなり。然れば水戸は奥州の御先手にて候、奥州にて逆心をすべき者は、御自分より外になし。依て御自分の顔を能く見覚え置き、逆心あらば其方の御首を取る可き為に斯くの如く見申し候。水戸の内にて其方御頸を取るべき者は拙者ならではなし。」

正宗其の心入を感じ、「我等ならでは奥州にて逆心すべき者はなしと見られ候は、如何にもよき目利きにて候。しかじかの日に申し請くべし」とて則ち水戸殿へ其の断りを云て私宅に呼び寄せ、自身に給仕をして殊の外馳走し、終日顔を見せられしとなり。

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