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2018.01.12

同じようで違う

バッハの復活祭オラトリオには縦横の笛が活躍する美しいアリアがある。トラベルソが登場するのは"Seele, deine Spezereien"である。ヘレベッヘのコレギウム・ヴォカーレの演奏を聴いていて、これを無性に演奏したくなった。

幸いにいいソプラノがいる。昨年パーセルのディドとエネアスで主役を歌った女性。コンソートソングに関心を持っているのでまずそちらで気心を知ったうえで、いずれこれをやろうと持ちかけることを目論んで少しずつ練習をしている。

練習をしていると高い音域の半音階の音程を正確にとるのが難しい。しかも使う笛によって歌口の巻き込み具合が微妙に違うし指使いを変える必要もある。あれこれ試してどの笛を使うかを決め、それに合わせた息の吹き込み角度や指使いを確認し、それを楽譜に書き込む。そしてまた練習をするということを繰り返している。

そのうちに気付いた。これは「同じように見えても違う、違うようで同じ」という例のおまじないの一つのバリエーションであると。今回はその中でも前段のお話である。

笛を選ぶときはいくつも試してみてその中で自分に一番合ったものを選ぶ。プラスチックのリコーダーでも射出成型の具合が微妙に違うので、多くの人がいくつもの笛を試奏している。まして製作者に作ってもらったものはそれぞれに個性がはっきりしている。ロッテンブルク、ブレッサン、グレンザー、ステインズビーJrなど、モデルにしたオリジナルの楽器の形状で音の出方に違いがある。素材が黒檀なのか、グレナディラなのか、ツゲなのかで管体の鳴りも違う。

それに加えてそれぞれの製作者により持っているリーマーが違う。それは管の内側を削るためのもので基本的には円錐形であるが、それは直線ではなく微妙に動きながらすぼまり、そのすぼまり具合が楽器により異なる。指孔の間隔、その穴のアンダーカットなども違っている。同じ製作者が同じモデルを同じようにして作ってもまったく同じものはできないであろう。

つまり、トラベルソならどれも同じと考えてはならないということ。様々ある個別の楽器の状況を見極めてどのように対処するかを一つずつ決めていかねばならないのである。これらの課題を克服したところで初めて、弘法筆を選ばず、という話になる。

笛の話だけではない、人間についても、文化についても一括りにする発想から抜け出すのは難しい。画一化への戒めとなった。

(このコレギウム・ヴォカーレの演奏はなかなかのテンポでまだ追いつけないが、他の演奏ならほぼ合わせられるところまできた。もう少し。)

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