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2018.01.05

考えよと言われても

他人の情報の受け売りをせず自分で考えなさいと言われる。思考力が大切であると強調される。しかしそう言われても困ってしまうことがある。「考える」とはそもそもどんなことなのかしら。考えるということ自体を考えてみる。

ある辞書では、考えるとは「知識や経験などに基づいて筋道を立てて頭を働かせること」と説明していた。しかしこれは考えることの一部に過ぎず、しかも考えるという行為のうちでは後の段階に位置するもののように感ぜられる。

この辞書の定義は、何らかの疑問なり質問なりが与えられそこから答えを導き出す過程を説明するもので、それは問題解決型の思考と表現してもいい。これを (a) としておく。

しかしその前に、(b) 質問を組み立てて問いを発するという行為がある。さらに遡れば、(c) 何かに着目するという行為があり、考えるとはそのすべてを含むのではないかしらん。

少し切り口を変えて、私たちの世界を3つに分けてみる。知っている世界、知らない世界、気付かない世界である。

(i) 知っている世界については、何か聞かれても「それはこのようなことです」と答えられる。知っているとは、それを自分で経験していたり知識があるということである。

(ii) 知らない世界については、何か尋ねられたとき「知りません」と答える。そう答えられるのは、そのような世界があることはひとまず知っており、単に自分の経験や知識の範囲内にないので聞かれても自分では今答えられないと知っているからである。機転の利く人なら「調べてお答えします」または「考えてあとでご説明します」というような返事をするであろう。

(iii) 前の2つと対比すると、気付かない世界は一番難しい。そもそもそのような世界があることすらわかっていないのであるから、何か聞かれても「ええっ」と驚くしかない。尋ねられて初めて意識にのぼる世界で、その人の中では新大陸である。

前に見た (a) (b) (c) の過程をこの (i) (ii) (iii) と対比すると何か気が付くのではないか。

まず、問題解決型の思考(a)は知っている世界(i)と親和性がある。次に、質問を組み立てて問いを発する(b)というのは知らない世界(ii)に対して有効である。さらに着目(c)とは気付き(iii)そのものである。

つまり(a)-(i)、(b)-(ii)、(c)-(iii) というように、「考える」に当たっての3つの段階と私たちを取り巻く世界の三重構造とが綺麗に対応しているのである。

(思考の展開の順番を考えると、考えるという行為は上記説明を逆順にして、まず(1)何らかの対象に着目し、(2)着目した対象についての疑問を質問の形にして発し、そして(3)その質問への回答を提示するという順番になるかもしれない。)

勿論、思考の中でどれを得意とするかは個人差がある。これまで誰も気付かなかったものごとに初めて着目する人(新奇なものを好む人は未知の対象を発見しやすい)もいれば、その対象について「おや」と疑問を感じてそこから事物の本質を衝く質問を繰り出すことに長けている人もいる。そして与えられた問題に対し鮮やかな解法を披露する問題解決型の人もいる。

ただ自分がいずれに属するのかは別として、大切なのは、「考える」とは問題解決型の論理展開の部分だけではないと意識することである。意識にのぼりにくいものごとに着目すること、そこから本質的な鋭い質問を発することにも意を用いる必要がありそうである。適切な問いを立てるのは難しいし、新たな気付きを得るのはこれまでの思考の枠の外に出ることであって、もっと難しくなる。それができるのは天与の才かもしれないが、訓練の余地もあるように思う。

「考える」とはどのようなことか。何に注目し、それにどのような問いを立て、その問いにどのように答えるのか。そのすべての過程が「考える」ことを構成しているような気がする。

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